【感想】阪急電車

2012/05/02

感想

t f B! P L
阪急電車、ようやく。テレビでやっていたのを母が観たらしく、とてもよかったので観てみんさいとのことで、ダビングしたDVDを渡してくれたはいいものの、Macで再生しようとしたらなんとデータにアクセスできず。どうやら録画したレコーダーじゃないと観られない設定があるみたいで、そうゆうのまったく知らなかったので「ヘェ~そうなんや」と思うとともに、けっきょく渡されたDVDを持って実家に帰ることに。

で、観た感想をば。音楽の使い方がとても上手で、絶妙なタイミングですっと心に入ってきて、うまいぐあいに涙腺を煽ってきた。どことなくビートルズの「ヘイ・ジュード」に似た雰囲気の曲もあったりして、なかなかそれは満足なポイント。サスペンス映画ではないので、スリリングな展開に絡む壮大なシンフォニー、みたいな感じではないのだけれど、感情に合わせて抑揚を保ちつつ、シメるところはきちんとシメて、とてもよくできた音楽だなあと。ふだん音楽を聴きながらなにか作業をしているとき、自分の内面の変化とBGMにしている音楽の展開が奇跡的にシンクロすることってありますよね。ああゆうの。

内容のほうは、さっきも書いたように抑揚のある展開などはなくて、終始ほんのりとした人間関係の心のほどき方と、偶然の連鎖が生んだちょっとした運命をシャッターにおさめている、といった感じ。瀬尾まいこさんの小説に近い雰囲気がある。稠密に練られたストーリーはわだかまりをほぐしてゆく登場人物たちの個性と人柄が心地良く結びつきあって構成されている。その「わだかまり」ってゆうのは、世間的にみたら常識はずれなことだったり、ささいなことだったり、しあわせなことだったりするのだけれど、本人たちにとっては自分のいる世界を揺るがす大問題で。だからこそ、お互いに理解しあうことができる感情だったり、悩みながらも結論を出しながら生きてきた自分にしか言えない人生観やアドバイスもあったりするわけで。それは年齢がモノを言う経験の差なんかでは決してなくて、誰だってちょっとだけ、考え方を変えてみれば見ることのできる視点。

サイテーな人間たちも何人か出てくるけど、彼らは登場人物たちの人間性を引き出すために精一杯うっとうしがられるだけで、役目が終わるとすぐさま後味の悪い余韻を残してシーンからは退場してゆく。最終的には自分たちで引き出した登場人物たちの人間性に負けて、気持ちのよい余韻とともに物語から去ってゆく。

ところどころセリフの倒置法と、「なんか」の多用が気になったんだけれども、たぶんそれって脚本家のクセであって、実際に神戸の関西弁で倒置法をよく使うとかそんなんじゃない(らしい)。「なんか」に関しては、おそらく俗的表現を入れることでカジュアルさを演出したのだと思うのだけれど、どうやらこの映画の脚本家の考えるカジュアルさとぼくの考えるそれとのあいだに微妙な差異があって、僕には少しくどく感じられた。

主役となる登場人物たち(この映画には主役が多い)には、どこか他人と相容れない部分があって、人生とか人間関係とかにもどかしさを抱えていて、それが観る側にとってはとてもせつなく、愛おしく、かわいらしく、ああでも少しわかるかもしれないなあその気持ち、そんな魅力がある。言いたいけれども言うべきはけ口ってなかなかないんだよねえ、そうゆう情緒。それを阪急電車ってゆう片道たった15分の旅のなかに素敵な関係性とともに描きだしてる。実在する風景にフィクションを巧みに溶けこませてて、ただの駅がとてつもなく素敵な舞台に変わる。

友情出演だった相武紗季さんが携帯電話を折るシーン、とても好きだなあ。そんなに時間をかけて登場しているわけでもないのに、あの演技だけで僕の印象にドシリと残りました。中谷美紀さん演じる高瀬翔子の性格と価値観や、戸田恵梨香さん演じる森岡ミサの人との接し方、僕には魅力的だったし、少なからず共感できたり、憧れる部分もあったりして。

みんな勝手な自分を生きていて、そんな「私の勝手でしょ!」が他人と共鳴して、関わりあいをつなげてゆく。「勝手」だったものが、「でもあなたのこと、なぁんか私は好きよ」に触れて、それはとても愉快で、美しくて、奥ゆかしい、優しさの大切な意味だったりするのかも。

余談だけど、小坂圭一役の勝地涼くんの使ってた迷彩柄のヘッドホン、僕が持ってるオーディオテクニカのものと同じやつですね。なんだかうれしいぞ、そうゆうの!


8月28日 追記。

最初は台詞のカジュアルさがひっかかると書いたけれど、何度かこの映画を味わううちに、そのカジュアルさは出演者たちの素の部分が表れてるのだと感じるようになった。関西圏にゆかりのあるキャストをそろえているようだし、それだけにふだんの生活感がそのまま表現された、そしてそれを、あえて修正せずに使用した、と。たとえば戸田恵梨香っさんが頻繁に腕を組んでいるのも、ふだんの彼女がすんなりと映画になじんでいるってことなんじゃないか。「なんか」って口をついて出ちゃうのも、それをユルすぎると感じるのは「映画」としてフォーマルな姿勢でかまえてしまった僕のせいであって、これはあくまでそういった肩の荷が降りた心持ちで観るものなんだ。そう思った。何度観ても人のつながりが心地良いストーリーと映像だ。


10月16日 追々記。

観るたびに、行動や台詞のひとつひとつの細かい意味や小さな意図に気づくことができる。カットの構図、相づちの存在、ため息や含み笑いの大切さ。いつもは冷静な宮本信子さんが、玉山鉄二さんの犬の話を聞いてるときだけテンションがわたわたしてるのを見ると、年配者とのコミュニケーションっておもしろいなぁって思っちゃう。映画ってこうやって味わうものなのかなぁなんて考えたりもするけど、そうなるとこれまでどんだけ映画を上っ面だけで味わってきたのかって思う。レンタルで1回じゃ骨の髄までは味わいつくせない、考えてみればあたりまえですね。そしてやっぱり音楽が素敵だ。メロディに感動するというよりは、あくまでメロディは物語を引き立てる役者であって、観る人が感動するために心の余地をちょうどいい広さで確保してくれる。思わずサウンド・トラックのCDがほしくなりました。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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