Facebookをのぞいてみるとなんだかやる気がひろがる感じ

2012/06/07

t f B! P L
ほんとはつぶやきにしようかと思ったけれど、長くなりそうだったし、自分でも100字ちょっとの文字数で収束させるのは難しいなって感じたので、頭のなかの混乱を避けるためにもこちらに。

なぁんかFacebook開くと、かつての同級生たちはみんなキャンパスライフを満喫してたり、海外に留学してたり、結婚して子どもつくってたりで、そうゆうのを見ると行き場のない焦燥感に駆られる。僕はといえばいつ治るのかもわからん病気と向き合い続けてるし、終わりの見えない生活してるから閉塞感も同時に感じる。ひと月先の自分も予想できないし、大学だっていけるかどうか怪しいもんだ。この生活があと何年も続くのかって考えると、素直に絶望的になる。ダメ人間まっしぐら。20代前半の、比較的自由に好きなことを行動に移せるこの時期を、たいした感性も得ないままに病気を口実に引きこもって、大切なはずの時間を殺してる。それは正しいことなのか、自分の人生を豊かにしているのか。答えなんて出てる。このまま足元をくゆらせて不完全燃焼で終わるよりも、やりたいことをおもっきしやったほうが後悔もしないし、気分もいい。

ただ、Facebook見ることで、焦りと一緒に憧れみたいなモチベーションももらえるから嫌いじゃない。燻ってちゃいられないなって思う。Twitterとかmixiとかじゃそんな感覚ないしね。Facebookのあけすけすぎる「俺、いま超たのしい!」感が見事に僕のやわらかいとこをズコズコ突いてくる。楽しそうだからそこに行きたい、ってゆう単純な動機ではないけれど、同じ環境にいられたら自分にできることの幅ももっと広がるって考えると、ワクワクする。やりたいことが多すぎる。観たい映画も、読みたい本も、身につけたいスキルも、片手では数えられないほどある。それらを得る苦労や努力をまだ知らないいまでは、遠足の前夜のように、未来がとても大きく見える。水筒の水をぜんぶ飲んじゃって喉をカラカラにして歩くのはわかっているのだけど、それでも。

現実はつらい、お先真っ暗。でもひと皮剥けたら、羽を広げるスペースはいまの5倍くらいに膨らむかもしれない。それは未来が広いとゆうよりも、いまが極端に狭いだけなのかもしれないけれど。

もちろんそのころには、まわりの環境も変わっていて、自分と同じように年を重ねている友達の姿もあって、きっとまた遅れをとった視点から見てはおかしな憧れを抱いてるんだろうと思う。高校を不登校だったから、1年と半年がズレてるんだよね、たぶん。いまさらその時差を埋めようなんて思わんけど、ずっとみんなの数歩後ろを歩くこの感じとは、これから先、長く付き合うことになるんだろうなあ。友達になれそうだ。

このブログを検索

自己紹介

自分の写真
好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

お問い合わせ

名前

メール *

メッセージ *

QooQ