コーヒーが飲めないと困ること

2012/07/04

t f B! P L
コーヒーが飲めなくも、べつに生きていける。でもコーヒーが飲めないと、困ることはある。

中学生のころ、女の子と喫茶店に行ったことがある。紅茶があまりおいしくないことで有名な喫茶店だった。メニューを見るなり「ブレンド」と即決した彼女に対し、僕のほうはエスプレッソやらカフェオレやらがずらりと並ぶコーヒーのコーナーに飲みたいものがなく(飲めないのだからあたりまえだ)、かといっておいしくないとわかっているアップルティーやアールグレイを飲もうとゆう気分にもなれず、苦渋の選択の末に悩み抜いた決断が「イチゴミルク」だった。たぶん内面に反して顔はすごいクールをよそおっていたと思う。思春期の少年が、女の子とデートで、喫茶店に入り、ブレンドを頼む彼女を尻目に、なにくわぬ顔で、「イチゴミルク」、である。格好なんてついたもんじゃない。「そうゆうとこかわいいよね」って笑いながら言われたけど、半分はあきれられてたんじゃないかといまでは思う。

あれから7年くらい経つけど、いまだにあの苦くて黒い飲みものは好きになれない。カフェオレにミルク5杯くらい入れたらかろうじて飲めるけど、すでに半分がミルクでできているカフェオレに、常用量の倍以上の数のミルクを入れないと飲めないのなら、たぶんそれは世間的には「飲めない」って診断されるのだと思う。

だから僕はスタバでコーヒーを頼んだことはないし、ほかのカフェでもだいたいアップルティーか抹茶ラテを飲む。これのなにが困るのかってゆうと、なんとなくではあるにせよ、「僕はこの店の真髄を味わってはいないんじゃないか」とゆう消化不良感が感じられることだ。カフェのマスターがこだわり抜いて厳選したコーヒー豆をひと粒ぶんたりとも口にすることなく、あくまで脇役としての立ち位置が強い(気がする)紅茶なんかを飲んでると、けっきょく「ふん、コーヒーも飲めないようなひよっこがカフェに入ろうなんざ100年早いわ!」と言われてるようで、それが卑屈だとはわかっていても首をひねってしまう。

たとえるならば、ギターも弾いたことないのにフェンダーのテレキャスターとストラトキャスターの音色の違いを力説したり、コカ・コーラを飲んだことないのにペプシ・コーラの味のおいしさに熱弁をふるったり、初めて行った土地の文化やら風土やらを地元民さながらに我がもの顔で解説したりするみたいな感覚。もっと上には上がいるって。

そんなわけだけど、カフェオレとカフェラテとカプチーノの違いもまるで理解してない僕は、きょうも喫茶店で抹茶ラテを頼むのであった。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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