GLAY

2012/12/06

essays

t f B! P L
えー、GLAYの。GLAYのニューシングル「JUSTICE [from] GUILTY」「運命論」2枚同時発売。おめでとう、発売おめでとう。まだ手にしてないけど予約してるよ。

発売日から1日過ぎたいまも聴けてない理由はちゃんとあって。どうやら僕の家の最寄りのレコード店では入荷が1週間遅れるらしい。予約した日の夜にそう電話があった。だからTwitterなんかでもうすでにヘビロテしてるファンのみなさんをうらやむ目で見ながら、それでもやっぱり悔しいので僕のGLAYへの思いをつらつらと書いてみる。




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高校のころは友達に「GLAYのDVD観てみたいな」って言われたら、とりあえずインパクトを与えようと99年の幕張メッセのサバイバル(いまや伝説の20万人ライブ)だったり、いわゆる黄金期(CDがばかばか売れてた時代)のヒット曲が網羅されてる武道館のWHITE ROADなんかを貸したもんだけど、このごろはROCK AROUND THE WORLDツアーファイナルやHIGHCOMMUNICATIONSツアー11-12の武道館ファイナルなんかを渡すようになった。

というのも、2006年のRe:birth以降のGLAYが、その輝かしい過去とは比類ないほどすばらしいからだ。もう、若さゆえの勢いなんてとうにない。それでも、人間的にもサウンド的にも成熟して、目指す方向が明確になったようで、常にいま現在が最高潮であることをキプしている。むかしは、なにかGLAYらしさ、自分たちらしさを模索しながら活動していたころもあっただろうし、それゆえにいい意味で“That's GLAY!!”なイメージがついたとも思う。それを大切に守りながらも、ぶっ壊すことのおもしろさを、彼らは知っている。90年代末から2000年代初期にかけて、LUNA SEAやSIAM SHADEといった、同期のバンドが次々とシーンを降りていくなかで、ずっと続けてきたからこそのステージさばきの自由度がある。

実際のところTERUの歌唱力ひとつとっても、10年まえといまではだいぶ違う。「いまのGLAYってこんなだぜ! こんなにあったかくて、クールなオッサンたちなんだぜ!」っていう彼らの現在を伝えたくて、友達には最近のDVDを貸すようになったんだと思う。「愛してる」なんて月並みな言葉を、これほどあたたかく伝えてるロックバンドが、いったいどこにいるっていうのだ。

もちろんLUNA SEAなんかは、解散後もメンバーそれぞれがソロとして個性的かつ独創的な活動をしてきたからこそ、再結成後のいまあんなふうに奇跡的なバランスの調和が生まれてるんだと思う。ただ、僕が思うに、GLAYは解散してもそうならなかったんじゃないかと思う。

これはたとえば、TAKUROが言うように、99年「Winter, again」のレコード大賞受賞に紅白歌合戦出場という、ポップ・アーティストの花道を踏んで解散しちゃってて、そして3.11以降のバンド再結成ブームに乗っかってふたたび4人が集まったとする話である。そのあいだ、きっとTAKUROもHISASHIもJIROもTERUも、ソロ活動はしていなかったと思うのだ。「音楽をするためにGLAYのメンバーでいるのではなく、GLAYでいるために音楽をしているのだから」という彼らの信念は、もしかしたら再結成にもつながらないかもしれない。LUNA SEAみたいな堂々の復活にはならなかったはずだ。もちろんこんな話は勝手な空想ではあるんだが。

CDが売れない時代になって、かつてヒットを飛ばしたバンドは落ち目だなんて言われて、それでも信じてついてきてくれるファンがいて、マイクと向き合い続けたからこそ得た表現力というものがある。GLAYのライブには、そういう着実な歩みが“一歩一歩”等身大に反映されてる。コンスタントに曲をつくり続けて、CDも出して、ライブもこなしてきたからこそのステージメイキングの変遷である。池に投げ入れた小石から波紋が広がるようにも見えるし、地震の震度計みたいに活動の震動をメモしてるふうでもある。

いまのGLAYがほんとうに素敵で、きっとこれからもそれを更新しながら、常に現在最上級のGLAYでいてくれるんだなと思うと、やっぱり安心する。彼らのファンでよかった。わりと本気でそう思う。たかだかロックバンドである。しょせんは娯楽の音楽である。べつになくたって生きていけるものでさえある。そんなものにマジになって興奮したり、心を浸らせることができるなんて、なんてすばらしいんだろうと思う。

人によってはバカバカしいと思うかもしれない。でも実際に彼らの歌にはげまされたり、彼らのすがたに魅力を感じる人ならわかるはず。歌詞の一節に背中を押される、ギターソロに涙を流す、たった4分の歌で、決心がつかなかった気持ちがかたまる。そういう眉唾モノのドラマティックな展開が、人生に実在することを心から尊ぶことができる。

「いまの音楽はダメだ、腐ってる」そんな意見を聞いたことがある。それでも、世界にはすばらしいバンドがたくさんいる。ダメなのは音楽じゃなくて時代かもしれない。そんな世のなかで、音楽に寄り添う意味を僕に教えてくれたのがGLAYだった。「俺らはこんなバンドが好きなんだけど、よかったら聴いてみない?」「偉大な先輩といっしょにCDをつくるんだ! ぜひ聴いてほしい」 僕は彼らの音楽やエピソードから、ビートルズやピストルズを知り、XやBOOWYを聴き、LUNA SEAやJAMと出逢った。だから彼らは学校であり、教科書であり、歩きなずんだときに訪ねてみる恩師みたいな存在である。「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」という人がいるなら、僕は音楽への探究心をみんなGLAYから学んだ人間だった。ルーツを辿ってしまえば、ぜんぶGLAY。自分で言っててあきれちゃう。

長居スタジアムで、2年後のビッグイベントまで約束した彼ら。せわしない時間ばっか流れてくなかで、心を落ち着かせて未来を期待できる。いまのポテンシャルが続くって確信できる。たぶん2年間すぎて、ああやっぱり変わったなGLAYって思う。でもそれはいい方向に変わってるって、いまのうちからわかってる。

大好きなバンドなんていくらでもいる。そのなかでいちばん好きなバンドがGLAYだったこと、──何度でも言ってやる──ほんとうによかったな。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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