同棲とは 2

2013/05/12

t f B! P L
(前回の続き)

「どうやって入ったの」

「出てくとき、スペアキーが靴棚の上にあったの。無防備だよー、気をつけなきゃね」
「返せ! なんで帰ってきたんだよ」
「まあまあ、これから話すからさ。ちょうどいまごはんできたとこなんだー♡」
「ハァァァァァ……」

要約すると、こういうはなしだった。スペアキーを持ち出して、使わなかったらポストに入れて返しとけばいいと思っていた彼女のもとへ、家を出てった娘がさすがに心配になった両親がケータイに電話してきて、彼女の安否を尋ねた。すると言わなくてもいいことに「しばらくれおのとこに泊まる」と返した彼女だが、両親は迷惑だから帰ってこいと言うどころか、「れおくんなら安心ね」という結論に落ち着いた。それを利用すべく、彼女は両親が不在のうちに実家に帰り、着替えやら化粧品やらをトランクに詰めて小旅行気分で舞いもどってきた。

もちろんウチへの宿泊の手続きはメールか電話ひとつで、ただでたまり場のように泊まれるわけだけど、僕だってそこまで寛容じゃない。食事がかさめばお金はとるし、こちとら水道代やガス代は払わなければならないのだ。ただで3食まかなって寝泊まりさせてあげられるほどの経済的な余裕は、いくら背伸びしてもない。自慢じゃないけど、ひとりぶんの生活費でいっぱいいっぱいの毎日を過ごしている。ひと一人ぶん余分になんて払えない。

でもけっきょくのところ、僕は彼女を部屋に泊めることにした。その理由は、とてもシンプルなものだった。大きい声では言えないけれど、ようするに わいろ である。彼女は自分のぶんの経費プラス、泊まった日数×1000の「宿泊費」を出すと約束してくれた。もっとも、最低限の衣食住の生活費さえ自分で用意してもらえれば、泊めてあげることくらいできるのだ。少なくとも、気心の知れた友達くらいなら、女性であろうといくらでも。

僕も他人の家庭内事情に首をつっこむことはしたくないから、家出の原因については追及しなかった。年頃の娘はいろいろと難しいんだろう。しゃべりたければ愚痴ればいいし、黙っておきたかったら言わなければいい。彼女とは10年ほどの付き合いなので、とくにあせって話題を探したり、沈黙が気まずいとゆうようなことはまったくない。実際こうやって僕が机に向かっているあいだ、ベッドに腰かけて漫画を読んでいる。そういう関係なんだ。ただ、何日か過ごしてみて、大変だと思うところはいくつかあった。

まず第一に、彼女は料理がめちゃんこうまい。これは僕としてはほんとうに困ったものだった。帰宅すると、夕食ができている。しかも僕がふだん口にしていたそうめんやレトルトのパスタじゃなくって、もっと本格的なもの。こんなの、味わっちゃったらもどりたくなくなるじゃないか。

慣れないこともあった。洗面所に歯ブラシが2つ置いてあったり、鏡の前にファンデーションやらクレンジングやらの化粧品がずらりと並んでいたり、窓の外でレースのついた小さな下着がひらひらと揺れていたりする光景には、なかなか慣れない。慣れるしかないのだけど、なかなか慣れない。

でもまぁべつに欲情するとかそういうのはなかった。ひとつのベッドをふたりで共有したりとかしてたけど、そりゃ最初は僕だって床で寝てた。でも4日くらいすると、全身の関節という関節が痛みだして、けっきょくせまいベッドをふたりして使うことになったわけ。

「せまいベッドでゴメンね〜」

「俺が言う言葉だよ」
「なんだか新婚さんみたいだね♡」
「妙に現実味があるからやめろよ…」
「ねぇ、テレビほしい」
「買ってくれるならつけようか」
「むぅ…」

テレビのなかった僕の部屋でもそれなりに会話はあった。ケータイからラジオは聴けたし、読む本や漫画もあった。言われてみれば擬似新婚ともとれる生活ではあったかもしれない。なんだかんだで、どピンクの髪の毛も毎日見てればそういうものだと納得することもできた。


ときにはこんな話もした。

「ねぇ、れおくんの初恋ってわたしだった?」
「ンなわけねーじゃん。付き合ってたの15のときだろ」
「初恋っておぼえてる?」
「あんまりかなぁ。えっ、もしかして俺が初恋の…!?」
「ンなわけねーじゃん。でもわたしは初恋はよぉくおぼえているよ」
「聞いてもいいの?」
「んもぉ〜、れおくんだから話してあげるよ♡」
「無駄にあまい語調でしゃべらないで」
「あれはわたしが小学校2年生の時…いや、3年だったかな? ひょっとしたら4年かも」
「さては、おぼえてないだろ、オマエ」
「や、や、でもファーストキスはおぼえてるよ!」
「あー、俺たちおたがいあのときがファーストキスだったもんなぁ。真夏でさ、クソ暑いなか公園のベンチ座って」

「なに?」
「受験まえの真冬に、バス停での別れぎわにわたしからしたの、忘れたか?」
「えっ、あっ、そうだったっ! ごめんなんか勘違いしてて」
「真夏の公園のベンチでれおくんはだれとキスしたのかなぁ〜、気になるなぁ〜」
「すんません。ゆるして」

甘酸っぱかったころの思い出ばなしや、若すぎた青春みたいな出来事は、いま思い返すとくすぐられる。同棲当時は精神的にまいっていて、こういう話は避けようと思っていたのだけど、案外いい方向にはたらいたのかもな。そんな感じで、毎日は進んでいったし、この生活がいつまで続くだろうなんていう心配は、彼女といると不思議と感じなかった。こういうところは、元恋人同士の特権なのかもしれない。

(続く)

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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