思い出した持ちもの検査

2013/06/04

essays

t f B! P L
何年まえの夏のことだったか。

その日、僕はお気に入りのリュックをしょって、たぶん本屋さんかどこかに出かけていたと。で、その帰り道に、警察の持ちもの検査に引っかかったと。

音楽を聴きながら歩いていた僕は、とつぜん警官の服装をしたガタイのいい男性に呼び止められて、困惑するというよりはむしろ狼狽した。僕は感情を表に出さない人間だけど、感情を持たない人間ではないので、ひょうひょうとした手つきでイヤフォンをはずし「なんでしょうか?」を絵に描いたような顔でおまわりさんと向き合ったときの内面は、とにかくあわてふためいていたってわけ。

(えっ、なになに? なんか悪いことした??)
(音楽聴きながら歩くのってダメだっけ??)
(自転車はNGなだけで徒歩は問題ないよね??)
(じゃあなに、「そのiPod、盗難品ですね」とか??)
(逮捕? これまさか逮捕??)
(信号無視もしたことないのが生涯唯一の自慢なのに??)
(職務質問を通り越していきなり取り調べ??)
(カツ丼食いてー!!)

と、まあ、こんな具合に僕の心はてんやわんやで、おまわりさんに呼び止められたことへのさまざまな憶測が飛び交っていたと。このとき初めて僕は走馬灯のようなものを経験して、まだ呼び止められただけなのにもかかわらず、人生で楽しかった思い出や印象に残っているできごとなんてものが次々と脳に現れては消えてと、まるでスライドショーを高速で読み飛ばしているかのような感覚を味わった。「もう終わった、僕は監獄へ行くんだ」 想像力もここまでくるとたいしたものである。

おまわりさんはこう言った。「あー君、ちょっといいかね?」 それは予想していたのとピッタリ同じセリフだった。「もうダメだ。僕は刑務所のまずいメシを食べながら一生を終えるんだ。厳しい看守のもとで雑務をこなし、頭は五分刈りにカットされ、一日じゅう管理された鬼のようなスケジュールを死ぬまで続けるんだ。きっと取調室で食べるカツ丼が最後のごちそうなんだろうな…」 くり返すけど僕には終身懲役で逮捕される心当たりもなければ、そもそもこれ(呼び止められたこと)が逮捕だと決まっているわけでもない。もっと言えばそのとき想像した刑務所の生活は僕の断片的な知識からくる妄想に過ぎないうえ、「取調室のカツ丼」はフィクションらしいし、おまえの3日後の晩ごはんはちゃんとカツ丼だから安心しろ。

そんな心のなかは悲愴感満面、しかし顔はあっけらかんとしている僕に、おまわりさんはにこやかにこう言った。「ちょっと持ちもの検査に付きあってほしいんだけど、時間ある?」

…あー、あー、持ちもの検査。なるほど、あー、持ちもの検査か。僕は悪いことなんてしてなかったのか、あー。そんな感じで安心感が心に沁み入っていくかのように、僕は余裕を取り戻したってわけ。しかし帰り道という手前、あとは家に帰るだけなのだけど、急いでいると言えばおそらく免除してくれたであろうこの持ちもの検査を、馬鹿正直にも受けてしまったと。最初から持ちもの検査だとわかっていればぜったいに嘘八百でその場をしのいだことだと思うんだけどね。

…という流れで、僕は警察のお世話になることになった。とはいえ、ガタイのいいおまわりさんいわく、「いやー、こっちも困っててね。統計調査をとらなきゃだから持ちもの検査してるんだけど、なにしろプライバシーのこともあってなかなかみんなカバンのなかを見せてくれなくて」とのことだから、正確に言うならば僕が警察のお世話をしたということになるかもしれない。少なくとも、この時点では。

僕はリュックを開けて、おまわりさんに中身を見せた。僕のリュックからはノート、筆記具、サイフにカギ、メモスタンド、除菌ができるジョイくんかぶらせんべいなど、多種多様のものが出てきた。後半に出てきたものはなんで入っていたのかいまもってわからない。本が入ってなかったあたり、目的の本は出先の本屋では見つからなかったんだろう。

「へー」
「ふんふん」
「なるほどねー」
「なんでこれ入ってるのー」
「これおいしいよねー」

おまわりさんもユルい雰囲気で僕の持ちものをチェックし、持ちもの検査は順調に終わりへと向かっていった、はずだった。


「ちょっと、君」


おだやかなおまわりさんの声のトーンがとつぜん低くなった。リュックのなかから出てきたもの、そしていまおまわりさんの手に握られている僕の持ちものは、粉 末 状 マ タ タ ビ

説明しよう。この塩は去しり「愛知万博」のどこかの国のパビリオンを友達と見学した際に、おみやげコーナーで仲良くなった現地人の女性にもらったもの、を友達からもらったものだ。僕はそれを粉末状マタタビだと知っている。しかし「ジップロック入り粉末」「英語の説明書きシール」「かわいいイラスト(ラリって気持ちよさそうなネコ)」こりゃどっからどう見ても「覚せい剤」だわ。僕の口からは「うあん」というよくわからない吐息がもれた。

「続きは署で」
「はい」

その思いがけない発見により、僕は生まれて初めて警察署というものに足を踏み入れた。ガタイのいいおまわりさんのほか1名の警官(やはりガタイがいい)に囲まれて、僕は取調室なるものに入った。ドラマで観るような通俗的なイメージどおりの殺風景な部屋ではなく、観葉植物や小綺麗なデスクのある清潔な部屋だった。取調室というよりも相談室と呼ぶくらいが妥当かもしれない。まあそんな快適な環境とは裏腹に当の僕は補導寸前なわけなのだが。

「本当に麻薬ではないのかね?」
「違います」
「調べてもかまわないね?」
「舐めてみればわかります」
「バカモン! なにを言いだすんだ君は!」
「ごめんなさい」
「どこでこれを手に入れた?」
「友達からもらいました」
「麻薬だったらどうする?」
「彼を疑うほかありません」
「バカモン! 友達を疑ってどうする!」
「ごめんなさい」

そんな会話ののち、小一時間の拘束を経て、僕は釈放(?)された。まったく悪いことはしてなかったけど、なんとなくその友達に悪いなと思って、コンビニでキットカットを買って後日彼にあげた。冷蔵庫に入れてなかったから、ベトベトに溶けちゃってたけど。あのマタタビはその1週間後くらいに庭に蒔いておきました。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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