リリーフカー

2015/04/08

essays

t f B! P L
プロ野球で、イニング途中で投手交代するときに出てくるリリーフカーに、ちょっと乗ってみたい。

リリーフカーとは、救援投手が登板する際にブルペンからマウンドまでを送迎する自動車である。運転はチアガールがおこなう。

降板する投手はそりゃもちろん自分の足でベンチまでもどるのだが、救援する投手はかわいいチアガールの運転するリリーフカーでマウンドにあがる。これにあこがれる。とてもあこがれる。

しかし、乗ってみたい気持ちも“ちょっと”くらいである。というのも、あのときの救援投手の心情がどのようなものなのかわからない。とうぜん、イニング途中で投手を代えるということは、チームがイヤな雰囲気になっているということだ。ボールをとらえられていたり、投手が崩れはじめて制球が乱れがちだったり、理由はさまざまだろうが、救援というからにはなにかしらのピンチをチームは背負っているわけだ。

たとえば、チームが逆転されたとか、同点に追いつかれてこれ以上の失点は許されないとかで、自分が救援投手としてリリーフ登板したとする。その雰囲気で、悠々と快適に美女をとなりに連れて車に乗ってグラウンドに現れるには、けっこうな度胸がいると思うのだ。

というか、よほど肝っ玉のすわった男でないと無理だ。シュールである。

プロ野球選手というものは、そもそもとしてそういう強靭なメンタルの持ち主なのかもしれない。けど、常に最悪のケースを想定する癖のある自分としては、ホームランを打たれて「なにを安楽としてマウンドにあがって一発あびてんだよ使えねー選手だなオイ」とヤジられることを考えてしまいそうで、なかなかあんな極楽浄土みたいな雰囲気をまとってマウンドに向かえる気がしない。だからじっさいのところどうなのか、“ちょっと”乗ってみたい。

「任しとけって、俺がこのピンチを救ってやっからよ!」という気がまえを維持するのはスポ根では基本なのだろうか。もちろんやるからには全力投球でもって抑える所存だが、打者も打者で、こういうときにかぎって代打の切り札の選手とかが起用されることも多い。代打の切り札とはすなわち、スタメン起用するスタミナはないものの、かなり経験と実績のあるベテラン選手である。もし僕が若手の投手なら、そんな球界に名を刻む強打者を相手に、ビビってチビってたいへんなことになる。

でも、運転免許を持ってない僕としては、「かわいい女の子の運転する車に乗って」というところがポイントなのである。ひも願望なのだろうか。良い。とても良い。かわいい女の子の運転する車に乗って、チームを救うヒーロー投手(になれたら)、とても良い。もっとも、ここまでくるとスポ根とかじゃなくただの下心だが。

ちなみに元読売ジャイアンツの桑田真澄さんは、リリーフカーに乗ること好まず、常に自分の足でマウンドに向かったそうだ。僕にもそのくらいのストイックさが要求される。

しかし待て。チアガールと選手との距離があんなに密になる時間は、おそらくあのリリーフカーの発進時くらいではないだろうか。ふつうチアガールというのは、イニングの交代のときにグラウンドの隅で簡単なダンスを披露したりするていどで、ヘタしたらグラウンドどころかスタンド席で応援する。高校野球の場合だと後者である。そう考えると、チアガールと選手が横並びに会話できる距離にいるというのは、ものすごくレアな体験に思えるのだ。もうこの際、チアガールがかわいいとか、チームの雰囲気の行方とかではなく、そのレアな時間を体験したい。きっと「がんばってください♡」なんて声もかけられるのだろう、降車時に。

同点に追いつかれて、一打逆転のピンチで、緊迫し張りつめた空気のなか、かわいい女の子の運転するリリーフカーに乗って、リラックスして快適にマウンドにあがる。これほどまで状況と心境の落差がある場面も、日常生活ではなかなかない。いや、リリーフカー自体が非日常的な代物だけど。

プロ野球の中継を観ながら、そんなことをしょっちゅう思うのだった。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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