出木杉くんという名の希望

2015/05/03

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むかし、ちっちゃいとき、ドラえもんのアニメを観ていた。くわしい題名までは憶えてないけど、出木杉くんがでていた。彼は、というか、出木杉くんにかぎらず、ジャイアンもしずかちゃんものび太もスネ夫もみんな、当時の僕からしたら上級生だった。

小学生にとっての年の差とはなぜああも過大して映るのか。二次元でも三次元でも、いっこ上の上級生は、男女問わず自分よりもかしこくて、計算もできて、語彙力も豊富で、大人びていて、強そうで、ちょっと怖くて、でもものすごく頼りになる、そんな存在だった。でも、いざ自分がその年になったら、一年まえに思い描いていたその未来予想図とはかけ離れた、どこにでもいるバカだったのだけど。

まぁとにかく、小学校低学年のその時分にしてみたら、出木杉くんはもちろん、のび太でさえも、なんというかものすごく「大人!」な感覚で過大評価していた。じっさい小学五年生になった僕はラケットで黄色いボールを相手よりも一球だけ多く入れるだけの単純かつ深みのある競技に精を出すだけで、基本的になんにも考えていなかった。バカはいま思ってもバカだ。

あれだけ、あこがれ焦がれた上級生にも、一年が経ってスライド式に進級すれば、なんのこともない、いたってふつうのバカだった。そうして、またいっこ上の上級生がさらに大人に見えて、しだいに「中学生ってカッコいい…」となり、それが「中学生なんてダサい。高校生カッコいい」と変化するだけのはなしである。子どものころ思いを馳せた20代の自分に、いまの僕がなれているとも思えない。

はなしを出木杉くんにもどそう。ブラウン管テレビの向こうがわで、出木杉くんはこう言っていた。「小説や漫画なんて、架空の物語だよ。あんなもの役に立たない。だから僕は百科事典や図鑑しか読まないんだ」

それはちがうだろ、出木杉。

たしかに、インターネットがまだ普及していなかったあの時勢において、そういう考えかたを子どもたちに提示することも必要だったかもしれない。しかしいまや、ありとあらゆる情報が世界じゅうにあふれ、その量は膨大、時間の経過とともに削除されることはなく、データとして刻一刻と蓄積されている。いっぽうで僕たちは一日は24時間で、80前後の寿命しかない。なにをどうやったって、その情報のすべてを身につけることはできない。

必然的に広く浅くの交際を余儀なくされた僕らがいるこの世界で、人間ひとりの奥底を濃密に凝縮して提供する、それが小説や漫画である。たしかに、チラと目しただけで正体のわかる絵画や彫刻とはちがい、時間をかけて味わうものではある。しかし、その時間をかけたぶんだけ、つねに我々に語りかけ、訴え、メッセージを投げかけてくる、それが小説や漫画ではないか。ウィキペディアを最下までスクロールして得られる気持ちとはまったくちがう興奮をもっている。百科事典も図鑑も知の宝庫だが、知的興奮という意味では小説や漫画とは同列に語れないはずだ。役に立たない? 出木杉、それはちがうだろ、出木杉。

そんな出木杉くんだが、じつはドラえもんの作中ではおおきな役割を担っている。これは、ジャイアンの妹のジャイ子とおなじ地平で言えることなのだが、「のび太の将来」という観点にかぎれば、ジャイアンやスネ夫よりも重要人物である。

ドラえもんは「のび太を幸せにする」という任務を背負って未来からはるばるやってきたわけだが、そのドラえもんをして「未来は変わる。でもそれは、かならずしもいい方向へばかりとはかぎらないんだ」と言わしめる説得力。これは出木杉くんという完璧な存在がいるからこそ持ち得た力だ。じっさい、しずかちゃんが出木杉くんのプロポーズを断ったのは「あなたはひとりでなんでもできるから」だ。のび太と結婚したのも「危なっかしくて見てられない」という理由にある。もしも出木杉くんとしずかちゃんが結婚していたら、のび太のお嫁さんはジャイ子だったのだから、出木杉くんとジャイ子はものすごぉく大事なキャラクターなのだ。

2014年の夏に公開された映画『STAND BY ME ドラえもん』では、そのへんのフィーチャリングも見事で、まさに「ドラえもん好きがつくったドラえもん」といった感じに仕上がっていた。出木杉くんとジャイ子もしっかり役目を果たし、印象にも強くのこった。

映画ドラえもん『のび太の大魔境』では、のび太が見つけた魔境の衛生写真を見て「これは……ヘビースモーカーズ・フォレストだ!」と知識を展開するアツい出木杉くんがうかがえる。その後の物語の進行にはいっさいかかわらないけど、大長編ドラえもんはもともと藤本先生が80年代の漫画界の風潮にしたがって「ヒーローはのび太ひとり」にしぼった結果であり、ほんとうなら藤本先生も「みんなが主役」として出木杉くんやジャイ子もフィーチャーしたかっただろう。その意志を継いだ『STAND BY ME ドラえもん』は、やはりわかっている、と感じさせる映画だ。

でも、いくらなんでも小学校五年生の時点で天体望遠鏡を所有していた出木杉くんは、やっぱり僕みたいなバカとはちがう子どもだったんだなと思う。頭脳明晰、成績優秀、品行方正、容姿端麗、多芸多才で完全無欠のパーフェクトな恋のLoser。

出木杉くんがドラえもんの作中にすがたを見せたのは、連載開始から九年が経過したときだ。しずかちゃんを独占、プラス将来のお嫁さんという、のび太の独走イケイケ人生に現れた究極のライバル。ドラえもんがいるからといって未来は安全じゃないんだ。連載九年目にして、「ドラえもん」という作品の方向性を再思案させるほどの存在。それが、出木杉くんだ。

そんな彼が手をつけない唯一と言っていいジャンル「フィクション」。僕でも、日本文学史の問題なら出木杉くんに勝てるかもしれない。バカにも希望をあたえてくれる、なんて心やさしい人間なんだ。

出来の悪い人間にもがんばりしだいで幸せな未来はある。それが、ドラえもんの原点だ。僕は、今日も時空間の広がりを期待して机の引き出しを開けてみる。タイムマシンは出てこない。バカはバカなりにがんばれってか? そう突きつけられた気分で、太宰でも読もう。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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