【感想】スーパー個人的な愛着でふりかえるBEST OF 1966 QUARTET

2015/06/30

感想

t f B! P L
1966年といえば、ビートルズが初来日した年であるとともに、僕が日ごろから熱をあげて応援する読売ジャイアンツが二年連続の日本シリーズ優勝を果たし、また伝説的スポ根マンガ『巨人の星』が連載を開始した年である。ちなみに巨人軍の長嶋茂雄終身名誉監督の長男で、現在スポーツキャスターとしてご活躍されている長嶋一茂さんもこの年に生まれていて、なかなかビッグな年である。巨人だけに。

でも僕はいまジャイアンツについて書きたいわけではなく、1966カルテットについて個人的な愛着をしゃべりたい。冗談から本題にうつるは得意なので、今後「巨人」「ジャイアンツ」等の単語はいっさい出てこないと思っていただきたい。最後に言わせていただくとすれば、そうだな、小学生のころから高橋由伸選手(兼任打撃コーチ)のファンである。がんばれチーム最年長40歳。

さて、あれはたしか五年以上まえで、ウチの母が花井悠希さんのことを家庭内で僕にもういいよってくらいベラベラしゃべっていたので、ちょっと興味をもって花井さんのCDを聴いていたころだ。それで、母経由で花井さんのご活躍をアレコレと耳にしていたその時期に、「こんどビートルズのカバーするんだって!」という非常にあいまいかつ情報量に欠ける一報を僕は聞き流さずに食いついたような気がする。それが1966カルテットと僕をひっつき合わせた最初だったと記憶している。

僕はGLAYのファンだ。そしてGLAYのTAKUROさんはビートルズのファンだ。そうときたら僕ももうビートルズのファンだ。しごく簡潔にビートルズと僕とのあみだくじを辿ればそういうことになる。好きなミュージシャンのルーツ・ミュージックはえてして自分も愛聴するものだ。ビートルズも、セックス・ピストルズもそうだし、ほかにも有名なところだとニルヴァーナとかエクストリーム、イングヴェイ・マルムスティーンもGLAYきっかけで聴いたゾ!

ビートルズはたぶん世界じゅうでいちばんカバーされてるバンドだし、僕のiPodにはオアシスの「アイ・アム・ザ・ウォルラス」みたいなこのうえない極上のカバーがある反面、高校生のころ自分のバンドでカバーした「アイ・アム・ザ・ウォルラス」みたいに黒歴史に墨筆でバッテンを塗りたくなるような希代の失敗作ももちろんある。素人だけど。

まぁそんな大前提をふまえたうえで、このたびデビュー5周年、ベストアルバム発売というおめでたい感もこめて、一曲々々についてまわる個人的な思い出というか感想というかまぁそんな感じの愛着をひっくるめて書きはじめたら、なんだか楽しかったので公開する。Evernoteに永劫保存しておくつもりだったけど(そういう“お蔵入り”は何個もある)公開しちゃう。新録や未発表曲についてはノータッチなのでご了承を。

M-2「キャント・バイ・ミー・ナウ」
この冒頭のドライヴ感をエレキギター無しで表現するのは至難の技だと思う。いまや、お金で買えるものが世のなかにはあふれている。お金さえあれば、好きになった漫画が陳列されてる棚を指さして「こっからここまでください」と書店で言える。「うまい棒」だって何百本も買える。Amazonの欲しいものリストの中身を一掃できる。お金で解決できる人間的な不幸は、世のなかにはたくさんある。借金も返せる。ダイアモンドの指輪も買える。遺産相続が目当てなら、愛だって買えちゃうのだ。そんな夢のない僕に「愛は金じゃ買えないのさ」と諭すポール・マッカートニー。夢のない者と夢の創造主の縮図である。

M-3「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」
クィーン・クラシックスでは最後を飾ったカバー。めちゃくちゃニッチな好みだけど、クィーン・クラシックスのCDをリピート再生したときに、この曲で終わって一曲目「ウィー・ウィル・ロック・ユー」にもどるまでの余韻にひたれる“間”がだいすき。余韻がさめるちょうどいい瞬間に「ウィー・ウィル・ロック・ユー」がはじまるので、とてもすき。

M-4「レット・イット・ビー」
そのメロディの耽美さと楽曲の認知度ゆえ、ビートルズのカバーアルバムにはどうしたってはずせない一曲でありながら、ビートルズの曲を演奏する際には「ベタだからやめよう」と選曲を見送られがちな、そんな複雑な立ち位置の名曲。僕もビートルズのカバーアルバムを買うときは「レット・イット・ビーが入ってないと買わんぞ」という購買意欲を計測する動機をまずしつらえる。いっぽうでビートルズの曲を弾こうとギターなりベースなりを持って楽譜を眼前にすると「レット・イット・ビーだけはぜったいに弾かねぇ!」と謎の意地をはる。だから聴いてるのがいちばんいい。『ビートルズのカバーアルバムにおいてガックリくる曲』のなかでは「イエスタデイ」とならんで二大巨塔をなすのだけど、数あるクラシック版レット・イット・ビーの渦中で拒否反応をしめさない唯一のアレンジが1966カルテットのコレ。

M-5「スリラー」
高校生活を終えようとしていたころ、ライブハウスの楽屋で「果汁グミ」という変わったニックネームの女のひと、通称グミPがこの曲を弾きながらうたっていたのを思い出す。最近、そのグミPと会う機会があったので、「YouTubeにあると思うからよかったら聴いてみなよ」と1966カルテットのプロモーション業務を実施しておいた。よく考えればiPodを持っていたので、その場で聴かせればよかったかもな、とも思う。

M-6「ウィー・ウィル・ロック・ユー」
高校の修学旅行で北海道を訪れる際、その第二日程にあたる日がたまたま誕生日である同級生を学年全員で祝おうという発案がSくんから持ちあがった。当日、Sくんがマイクを片手にうたったのは、あの有名な「ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー」ではなく、ズンズンチャ、ズンズンチャ、で始まるこのクィーンの「ウィー・ウィル・ロック・ユー」だった。僕らはとまどいを隠せないまま、Sくんの足踏みと手拍子とともにマイクから発せられる“We will, we will rock you!!”の有名なメロディにのせて“Happy birthday to you!!”とうたった。センバツ甲子園とは縁のない進学校だったのでこの歌を全生徒でうたうとは思ってなかった。世界史上サイコーにパンチのある誕生祝いだったと思う。卒業後、Sくんの車に乗ったときに「なんか音楽かけて」と言われたので、iPodを取りだして1966カルテットのこの曲をかけた。1966カルテットについて「詳細求ム」とSくんからメールが来たのは、その日の深夜だった。

M-7「ラヴ・ミー・ドゥ」
中学生のころ「ラヴ・ミー・ドゥ」の「ドゥ」ってなんだよ、「ラヴ・ミー」で通じるよ、と思っていた。のちに高校の英語の授業で“Love me do”の“do”を強調表現の例として教師から教えをいただき打ちのめされたのはいい思い出。タタントトンとピアノが光るアレンジが好き。

M-8「プリーズ・プリーズ・ミー」
たいへんスムーズにつなぐメドレーリレーに、一瞬、自分の耳を疑りたくなる。歯切れのいいギター・ロック調の原曲に対し、このカバーはクラシックならではのオーセンティックな響きがやわらかい印象。友達のご実家の固定電話の保留音がこの曲のオルゴールだった。いつも電話をかけると、おばあちゃんの上品な応答があって、「○○ちゃんいますか?」と聞くと、「ちょっと待ってちょうだいねぇ」なんて言われて保留になり、電話越しに僕はしばらくこの曲を聴いていた。だからなんだって思うけど、そういう意味では小学生のころから親しんでいた僕の最初のビートルズ体験だ。

M-9「フロム・ミー・トゥ・ユー」
ながれるように、いちどペースを落としたかと思いきや、軽快にホップ・ステップを踏む感覚でテンポがかえってくるメドレー三人目。たまたま学校でこの曲が入った1966カルテットのCDを出してたら、ファッションモデルのような端麗な容姿で背が高いビートルズ好きの女の子が声をかけてきた。妄想ではない。183cmの美人である(最近また伸びたとかなんとか)。「フロム・ミー・トゥ・ユーが聴きたい!」というので聴かせたら「短っ!」と言われた。そのときは「ゴメンね」って謝ったんだけれど、いま思えば僕が謝る義理は微塵もない。

M-10「シー・ラヴズ・ユー」
その女の子が「短っ!」のあとに「あっ、この曲!」と瞬時に興味の矛先を変換したのが、一気にかけあがるようなアレンジの、このメドレーのアンカーである「シー・ラヴズ・ユー」だった。結果的に『ノルウェーの森』をその女の子に貸すことになるのだが、いまも聴いてくれてるのだろうか、どうなんだろうか。フツフツと高揚感が高まるので、気分をあげたいときに出だししょっぱなの三秒くらいだけを聴くというおかしな習慣が僕にはある。

M-12「ハード・デイズ・ナイト」
オープニングの「ジャ〜ン」の一音。ここに、ビートルズが詰まっているといっても過言ではあるまい。四人の楽器以外に、ジョージ・マーティンがスネアやピアノを重ねていて、ものすごく凝った一音だ。たかがこの一音だけにそこまで注力尽力する必要があったのかどうかははたして疑問だが、すくなくともこの一音でロックに名を刻んだといっても相違ない。それをカルテットでカバーするこの心意気、男気。それでこそビートルズだ、漢だ!(みなさん女性だ)

M-13「ヘルプ!」
子どものころ、たまに観ていた某バラエティ番組で使われていたことが印象にのこってる。“Help!!”の最初のひとことで、ドカンと耳にのこるパンチの効いたフレーズは、よくここまでカバーで再現できたな、って感想。生ドラムもエレキギターもなしだぞ? 僕が高校のころ組んでたバンドのボーカルの子は、ネイティブ並みに英語が堪能で、「ヘルプ!」をカバーしたときも“Help! We need everybody”とアドリブで勝手に歌詞を変えてうたったことがあった。いまも僕は「ヘルプ!」を口ずさむときにその替え歌版の歌詞でうたってしまう。変なクセだとは思うけど、1966カルテットみたいにインストだと、なおさら、ね……。

M-14「ロング・アンド・ワインディング・ロード」
青盤の最後の曲。高校生のころ、他クラスとの合同授業での休み時間に、名前も知らない同級生がビートルズのはなしをしていて「赤盤、青盤を買ったで、つぎは白盤や」と言っていた。「白盤なんてあったっけ?」と不思議に思っていたら、「ああ、ホワイトアルバムのことか」と気づきを得た。高校卒業後、ザ・クロマニヨンズの真島昌利さんがまったくおなじエピソードを披露していて笑う。ビートルズに世代なんて関係ねぇ。こないだ名古屋のお店でかかっていた曲がコレだったので、たしかめようと「どなたのアルバムですか?」とかわいい店員さんに聴いたら「1966カルテットっていうグループなんですけど、ご存じですか?」と逆に問われた。存じるもなにも、ファンです。

M-15「伝説のチャンピオン」
前述した、ハッピー・バースデー・トゥ・ユーをクィーンでうたいあげたのSくんが1966カルテットのクィーン・クラシックスでもっとも気に入ったのがこれだという。ひねくれた性格のわりに有名な曲をチョイスするんだな、と思ったのを憶えている。いわく「サビにいたるまでの高ぶる感じが最高」とのことだった。なんだ、僕とおなじじゃないか(映画『アナと雪の女王』のハンス王子のイメージで)。

M-16「ドント・ストップ・ミー・ナウ」
この曲を知ったのは、とあるボサノバ系のカバーアルバムに収録されてたからなのだけど、クィーンの曲だと知るのはまた後日。1966カルテットのカバーver.を部屋にながしてたら、当時付き合っていた女の子が「あ、コレ知ってる」と言った。案外それだけの思い出である。

M-17「ハロー・グッドバイ」
終始「ハローグッバイ」と連呼して終わるようなシンプルで意味のないそのメッセージ性のなさに惹かれる。死んじゃうまできっと何度もくりかえすこの言葉、哀しいことでもなんでもない、そのたびに君は大人になる。そううたったロックバンドがいる。この1966カルテットのカバーを聴くたびに、そのロックバンドのその曲を思い出して、「ステップはこうだっけ? うまく踊れないや」とワルツで約束をしたくなる。こないだiTunesの曲を再生回数順に並べ替えてみたら、1966カルテットの「Hello Goodbye」と、YUKI姉(元JUDY AND MARYのYUKIさんのことをGLAYファンの僕はそう呼んで慕っている)の「ハローグッバイ」が同数再生で表示されるという、ちょっとした奇跡みたいなの起こってた。

M-18「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」
友人あおいくんが言うに、「ビートルズを一過性のアイドルバンドから、ポップ・ミュージックの永遠のアイコンに仕立てあげた」というこの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」。あおいくんもお気に入りのこのサイケデリックな1966カルテットのカバー。車のなかでこのカバーをながしながら、二人で歌詞をあててうたったのを憶えている。男二人で車内カラオケ、なかなか不気味な図でしかない。

M-19「リトル・スージー」
マイケル・ジャクソンといえば、名前は頻繁に耳にするけどどんな音楽なのか知らないや、みたいな印象でハタチくらいまで生きてきたけど、「お、意外と美メロ系のバラッドもあるんだな」と思った。もの悲しいスリリックな展開やメロディに、ほとんどマイケル・ヴァージンを1966カルテットにうばわれたような感じだ。いい意味で。ポゥ!

M-20「バッド」
という前曲での印象があるいっぽうで、「けっこうエッジーなキレのあるメロディなんだな」とほぼ第一印象にちかい感想をもったのが1966カルテットを聴いたときだった。1966カルテットを聴いてなければ、たぶんいまも、マイケル・ジャクソンの音楽は聴いてないまま過ごしてると思う。そういえば、むかしお世話になったバンドマンの牧矢くんが、「ライブまえにコレ聴くと気持ちあがるんだ」と言って楽屋でウォークマンを取り出して、イメージトレーニングにふけっていたな。

M-21「アクロス・ザ・ユニバース」
近年この曲のカバーが増えているらしいが、その荘厳なイメージングスの数々と、松尾芭蕉にインスピレーションを受けたというジョンの詩世界観に、CMソングなどで使うと○井に住みたくなるドリーマーが急増するという事態になるともっぱらの評判である(嘘)。個人的に1966カルテットのカバーは、原曲にあった過剰なストリングスを四重奏できれいにまとめてあって、ビートルズにこれを言うのもおこがましいが、「原曲超えキタか⁉︎」と誉れがある。

M-22「レディ・マドンナ」
アビイ・ロード・スタジオでたまたま江頭さんが弾いたピアノが、ポール・マッカートニーがかつてRecで使ったものと同一だったという、奇跡のなかの奇跡みたいな袖すり合わせでレコーディングされたこのカバーは、一聴してから文句を言え。まずは聴け。そういう意味では僕のなかで二〇〇六年以降の映画ドラえもんに通ずる感情をいだく。聴け、とりあえず肌身に感じろ。文句はそれから受けつけるから。

M-23「イエスタデイ」
ポール・マッカートニーが夢でみたメロディを具現化した曲として有名。みなさん夢をみますか? 僕は鬼が山の急な斜面の道を、山の奥地に住む民の足並みがつくったわずかながらも、それでもたしかに平らかな道を、道を駆けているそのうしろから追ってくる、凄まじい足音と、怒号、怒号がする、顔だけがおおきく赤くなった鬼が、斜面を転がり落ちるうしろを追いかけて、今際の際に立ちすくむと、そこにいたのは、桃太郎だった…。という夢をよくみます。夢というのは「実生活で抑圧された願望の表れである」とフロイトは言う。僕の抑圧された願望とはなんなのだろうか、気になって夢診断を受けたら、病院を薦められました。ポールへの道は遠い。

M-24「ミッシェル」
チェロとピアノが心地よくからむ。フランスの絵画のような気品に満ちた高貴な気持ちの高ぶりを感じるカバー。そういえば歌詞にフランス語のパートがあった気もする。コンサートの中盤で演奏されていたのが印象的。ぜんぜん関係ないけど、むかしミッシェルという名前のインドとカナダのハーフの女性(ノラ・ジョーンズ似)に英語を教えてもらっていて、いまじゃビートルズのこの曲と、ミッシェル・ガン・エレファントを聴くたびに、彼女はいまも元気なのだろうかと気になる。クレイジーな外国人だった。

…だいたいこんな感じだ。意外と僕は音楽好きの友達に1966カルテットを勧めていたことがわかる。こ、このプロモーション活動はグミでもって評価していただきたいっ。僕の友達のなかで音楽好きの子は、クラシックには興味すらもたない門外漢のバンドマンばかりなので不安もあったけど、ロックンロールの精神は伝わるものは伝わるのだと震撼したしだいである。音楽ってすごい。さて、まもなく深夜零時をまわるので、吉田尚記さんのラジオ聴きながら寝落ちしよう。

(一時間後)

眠れなかった。最近は睡眠剤を増やしてもらったにもかかわらずこういう日がイレギュラーにやってきて困る。しかたないので、眠くなるまでもうすこし書こう。

ずいぶんとむかしのことだけど、テレビをつけたら、当時は東京事変のベーシストだった亀田誠治さんのドキュメンタリーをやっていた。音楽プロデューサーとして名高い亀田さんが、ロックバンドNICO Touches the Wallsをプロデュースするプロセスを追っかけた番組だった。

ある楽曲について、「ピアノをアレンジに取り入れようか入れまいか」という相談を亀田さんはNICOのメンバーと話していた。亀田さんは「最終的に決めるのは君たち(NICOのメンバー)だけど、(俺はピアノ)入れたほうがいいと思うよ」と言った。NICOのメンバーはピアノの導入に消極的で、バンドサウンドだけで楽曲をつくりたいという方針だった。

つぎのレコーディング日程、亀田さんは、みずからピアノを取り入れてアレンジした楽曲のデモ音源をNICOのメンバーに聴かせた。だれが頼んだわけでもない、亀田さんの独断でつくり持ってきた音源である。しかし、それを聴いたNICOのボーカル光村くんは「いいですね、ピアノ」と納得し、ほかのメンバーもそれに同感だった。

このとき、僕は「音は言葉を超えるんだ…!」と鳥肌がたった。亀田さんのピアノ導入案にピンときていなかったNICOのメンバーが、後日じっさいに音を入れてみたら瞬時に納得した。そういうことだと思う。ロックバンドの4リズムは、ギターとベースとドラムがあって、だれかがうたえばそれでいいのかもしれない。「ベース&ギター、おまけに僕が歌えば四重奏〜」けど、ピアノもバイオリンも三味線も打ち込みも、それらを取り入れて完成された作品をつくるミュージシャンも僕はたくさん知ってる。

音って、言葉もそうだし、文化も超えるんだと思う。

音楽は、座って腕を組みながら聴くのもいいし、跳びあがって踊りながら聴くのもいい。ルールなんてない。ボーカルに合わせてうたってもいい。口ずさんだ歌詞がたとえまちがっていようと、それもいい。手拍子を入れるのもいい。入れないのもいい。キック四つ打ちが入ると自然発生的にそういうことをする風潮があるけど、そんなのセオリーじゃないし自由にやればいい。

問題なのは、ステージの上や、CDの向こうがわにいるミュージシャンと、自分だけという、その縮図だと思う。

自分だけのやりかたで音楽を聴けたらそれ以上ないことだと思う。ビートルズからつづく音楽制作の遺産とロックンロールの精神を食いつぶすなら、僕はまわりのことなんて気にしないで好きにすればいい気がしてる。ステージvsおまえ一人。たいせつなのはそれだけだ。

クラシック音楽という、いわば伝統と格式のかたまりのような武器で、ビートルズにいどむ1966カルテットをみて、そういうステージとオーディエンスの常識とか、正攻法になった現象を打破するのってむずかしいなと思う。クラシックのコンサートで手拍子するなんて!という声があがっても、それはそれでうなずけるんだけど、もっとこう、もういっこ上のはなし。まわりを気にしながら気分あげるとか、みんながやってるから手をあげるとか、そういうの正直サムいよねっていう。

迷惑さえかけない範囲であれば、みんなが好きにたのしめばいいと思う。一体感とかお約束とかご静聴ありがとうとか、主義じゃないので、飛んできた音楽に素直に反応する。それが、1966カルテットならできる気がする。いつからか決まってた型を、ベートーヴェンを、ぶっ飛ばすようなスタイル。なんとなく期待してしまう。わがままかもしれない。でもそう思うんだからしかたない。

マクドナルド感覚。となりの客がなにバーガー食っててもいいけど、俺のポテトは横取りすんな。逆に言えば、多少うるさくても、「そんなひともいるよねー」で済まされる雰囲気。大声でしゃべり散らす女子高生たちと、パソコンに向かって書類を書くビジネスマンが、混在してゆるされる空気感。そういうのは、僕の好きなライブの生の空気なのだけど、そういうスタイルのライブってこのひとたちなら少なからずできるんじゃないかなー、と勝手に妄想ふくらませて今日はもういいかげん寝よう。つかれた。よく書いた。いい感じに眠気もきた。

たぶんこのひとたちなら、あるていどそういう既成概念を理論の底からひっくり返してくれるのかもな。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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