不安のあてさき

2015/06/17

essays

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友人のYちゃんが、赤ちゃんを授かったという。どうやら生まれてくる子は「女の子の可能性が高い」そうで、「男の子かもしれない」というのが産婦人科医の弁だとのこと。

というのも、男の子の場合は一物がついているので、それが確認されしだい男の子だと確定されるのだが、女の子の場合だと「男の子だけど、一物を見落としてるか、偶然写ってない可能性」がどうしても否定できないため、「女の子だと思うよ」としか言えないとかなんとか。

Yちゃんは、生まれてくる子の名前を「女の子だったらリナにしようかと思ってるんだよね〜。男の子だったら………うーん」と意味深長に言葉を詰まらせた。女の子が欲しいのだろうか。しかしYちゃん、きみの苗字は「岡」じゃないか。リナなんて名前をつけたら、小学校で「オカリナ、オカリナ〜」とからかわれるぞ。僕は得意技の余計な気配りをYちゃんのお腹のなかで眠っているリナちゃん(仮名)にまわす。

すると、どうもYちゃんは、男の子がどうしても欲しくないらしい様相ではなしをはじめた。「ウチの主人なんだけどね、ちょっとこう、なんというか、その…、つまりだから…、ハゲなのよ」

ものすごく言葉を選ぶように口火を切って話しだしたわりに、出てきた表現が「ハゲ」である。ご主人に合掌である。

「え…、でもさ、Yちゃんの旦那さんって年上だけど、まだ20代だよね?」

僕は憶えてるかぎりの記憶力で持って、写真でしか面識のないYちゃんのご主人を思い出す。たしかに、生え際がやや後退していた印象があるが、「おでこが広い」と言えばそんな感じもする写真であったと記憶している。

「そう。でもハゲなのよ。だからね、もし娘じゃなくて息子が生まれた場合、将来ハゲないかがものすごく心配なのよ」

今度は目をカッと開けて、ためらいもなくハゲと言い切ったYちゃんは、遠い未来を見据えていた。僕は「でもほら、ハゲって隔世遺伝って言うし…」と月並みなフォローしかできなかったが、Yちゃんはつづける。

「でもね、お義父さん、つまり主人の父親も、そのまた父親も、みんなハゲているのよ。わたし、お義母さんにお願いして家族写真を戦前までさかのぼったわ。するとどうよ、みんな若くしてハゲているのよ。お義母さんが、『このひとがわたしのお祖父さんでね、こっちの写真はわたしが生まれるまえの…』って説明してくれる一族の男性は、みんな二十代半ばにして立派にテカリとしてるの。その遺伝子は、どうしてもノーサンキューというか、欲しくないのよ」

Yちゃん、「戦前まで」っていったいどの元号まで逆再生したのだ…。しかし、そのはなしを聞くかぎりだと、歴代男性がみなハゲているご主人の家系を考えるに、生まれてくる男の子はおそらく隔世遺伝でもそうじゃなくてもハゲるだろう。そんなさきの心配をしているなんて、一週間後の予定も立てられない僕はすこし彼女を見習ったほうがいいのかもしれない。それにしてもYちゃんはあまりにも生まれくる我が子の性別を心配している。

「Yちゃん、いいかい。アメリカの元プロテニスプレーヤーのアンドレ・アガシはね、その伝説的なテニス人生の、ある時点でハゲはじめたんだ。彼は世界のトップ選手だった。そのときアガシはある選択をしたんだ。どんなだと思う?」

「うーん、帽子をかぶるようになった、とか?」

「いいや、それがちがうのさ。アガシは、自分が世界のトッププロであると同時にハゲているというふたつの現実を受け入れるために、頭を丸めたんだ」

「ええ⁉︎ 世界トップの選手が、坊主にしたの?」

「そう。それ以降、アガシは帽子もかぶらずに、坊主キャラでそのさきも引退するまで世界のトップに居続けた。髪を剃るという判断は、本人も英断だったと話してるくらいさ」

「そうか。息子が生まれても、御髪を下ろすという選択肢があるわけね!」

「日本にはお坊さんが足りないというはなしも聞いたことがある。だいじょうぶ、Yちゃんの子どもの未来は、女になろうが、男になろうが、リナという名前をつけない以上、ぜったいに明るい」

僕は無根拠な将来を断じ切った。Yちゃんはさぞ安心したようで、「いまのうちに神社とお寺のちがいを勉強しておくね」と言った。

「そこからか」と僕は最後に思った。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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