日本武道館遠足紀行

2015/07/24

感想

t f B! P L
UNISON SQUARE GARDEN Live Special "fun time 724"を観に、東京まですこしばかりの遠足だった。

少々個人的なはなしになるけど、僕はGLAYがものすごく好き。たぶん、世界一好きなバンドは、GLAYだ。

14歳のころから、僕に音楽を教えてくれた先生はいつもGLAYだった。GLAYのCDとかDVDとか、雑誌のインタビュー、ムック本、あとヒストリー本とか、もちろんライブもそうだ。僕はほんとうにバカなんじゃないか、あたまが悪いんじゃないかと思うくらいの貴重な時間となけなしのこづかいを中学のころからGLAYにつぎ込んできた。

500万枚を売りあげたベストアルバム『REVIEW』、世界最大動員数を記録した20万人ライブ『GLAY EXPO '99 サバイバル』、日中友好化三十周年記念の『ONE LOVE in 北京』。いまも手にとる大事なものたちだ。

さて、それを手にした中学生の僕は、とうぜんながらそのアルバムなりライブなりを“過去のもの”として鑑賞したわけで。

GLAYがCDを500万枚も売ったのは、僕が6歳のときだ。20万人ライブをおこなったのは、僕が8歳のときだ。

いまもライブに行くと、当時からのファン(もうおじさんおばさん)のかたが「あのころはどこに行ってもGLAYを聴かない日はなかった」「あれはたいへんなライブだった、いま思えば気がおかしい」などと、若かりしころを思い返しては昔話を聞かせてくれる。GLAYの歴史があたらしく刻まれたときのことを。

そんななか、GLAYが僕に教えてくれたことのひとつは、「バンドのバイオグラフィーでおおきな存在感をもたらすイベントは体験しておけ」ということ。

もし、1999年にタイムスリップして、20万人ライブを観れたらどれだけしあわせだろうかって、たまに考える。僕のこの10年におよぶGLAYへの愛着、費やした時間とお金、それらを超えるバンドなんて現れっこない。それはとても疲れることだし、それはとても時間とお金のかかることだから。

UNISON SQUARE GARDENだってそうだ。ユニゾンは大好きだし、終わるまで見届けるし、振り払われてもついていく、僕にとってほんとうにたいせつなバンド。でも、それをもってしても、僕が思春期のころからGLAYにそそぎこんできた執着にくらべたら、ちっぽけなもんには相違ない。

もちろんこれは、GLAYに20年以上のキャリアがあり、かつぜったいに解散をしないバンドであるからこそ言えることであって、ユニゾンみたいに「バンドなんて飽きたらやめる」と明言するようなバンド(まぁ当分さきだろうけど)と同平行線上で語るのはなかなかむずかしいのだけど。それでも、僕はUNISON SQUARE GARDENはこのさき5年、10年と音楽を鳴らしてくれると信じてるし、だからこそ書く。

UNISON SQUARE GARDENが、これからも音楽を鳴らしつづけていくのなら、日本武道館初公演となる7月24日、僕はその日にそこにいないと後悔する気がした。バンドのバイオグラフィーがひとつおおきくなる時点を加味したい、その一心で、チケットをとった。だってGLAYが教えてくれたじゃん。「アニバーサリーキャンペーンは体感しろ」。

何年かが経って、UNISON SQUARE GARDENがどんなバンドになるのかはわからない。でも、あの日あの場所にいた自分、2015年7月24日に日本武道館にいた自分は、たからものになる気がした。バンドがどうなろうと、「あぁ、俺、あのとき武道館のアリーナの最前列で、斎藤さんの真正面で、ステージを観ていたんだな」って、思い返せるおもいでが欲しかった。

GLAYファンのおじさんおばさんじゃないけど、「あのときはあんなだった」って思い出してはバンドの軌跡をふりかえるのは、けっして懐古主義でもないし、古参ファンを名乗り続けたいわけでもない。ただ、たからものとして、おもいでとして自分の箱庭に入れておきたかった。

日本武道館。どんなに形骸化されていようと、ステージに立つ者にも、観る者にも、とくべつな場所なんだ。

ライブの内容は、良いとか悪いとかの単純な二元論じゃ解決できないから書かない。これは本編終了後のはなしなんだけど。

アンコールの手拍子が360度に鳴り響くと、ステージを背に座り客席を向きながらイントレ(最前列の鉄柵みたいなやつ)を支えるスタッフの男性が、ほころんだような笑みを浮かべていた。

ライブ中はキリッとした表情で客席を見つめていた彼は、アンコールが始まってメンバーがステージに現れて仕事モードになっても、ピシッとした表情に笑みを隠しきれず顔をピクピクさせていた。

終演後、そのスタッフに声をかけた。

「おつかれさまでした」
「っ⁉︎ あ、ありがとうございます」

声をかける客などめずらしいんだろうな。彼は驚きながらも、ひとまず大仕事を終えたようなすがすがしさで、礼を言ってくれた。僕もイントレを支えるのは経験したことがあるようなものなので、ついでにもうひとこと、彼に言った。

「けっこうしんどいんですよね、イントレ支えるのって」
「ハハハ、お尻が……痛いです」

笑ってた。曇りのない、爽快な笑顔だった。

音楽にたずさわるのは、つらいこともある。奇跡のような光景に背を向け、目をギラつかせなければいけないひともいる。踊りだしたくなるような音楽に、真面目な顔で向きあわなければならないひともいる。それが、彼らのえらんだ仕事なんだ。

アンコールが終わり、武道館のそとまで歩いているとき、並行して歩く長髪の男の子を見つけた。まったくおもしろくなさそうな顔で、着ているTシャツも濡れてない。汗もかいておらず、伸ばした髪の毛も乱れてない。

九段下駅ではサラリーマンが人混みを避けながら言っていた。今日のはなんてバンドだ? 俺に聞くなよ。大学生が多いな。なんとかスクエアーだってよ。知らねぇバンドだ。

田淵さんはアンコールで言った。

「君の好きなロックバンドは、たくさんのひとに愛される曲や、世の中に受け入れられそうな曲をかいてこなかったし、親とか、友達とかに勧めても、だいたいロクなことにならないと思う。僕が保証します。でも、君の好きなロックバンドは、ぜったいにカッコいい。自信をもっていい。これも僕が保証します」

長髪の男の子も、たまたまチケットをゆずってもらったとかで観にきただけなのかもしれない。九段下駅のサラリーマンのような、日本の経済基盤を支えるために働くひとびとは、エンターテインメントに目を向けるヒマもないのかもしれない。なんとかスクエアーの音楽は響かないのかもしれない。

でも、2015年の7月24日に、あの場所にいた僕たちのなかには、カッコいい音楽を見留めた大バカ野郎がたくさんいる。終始、演奏を背にイントレを支えていたあのスタッフも、背中満身に熱気と音が刻まれたことだと思う。

長髪の男の子は、もしかしたら家に帰って好きな音楽を聴いているかもしれない。UNISON SQUARE GARDENは、求められる歌も、売れたい歌もうたわない。それがたまたま彼とすれ違っただけで、それは哀しいことでもなんでもない。彼の音楽の好き/嫌いの基準にでもなれば、ユニゾンもきっと本望だろう。

田淵さんはこんなことも言っていた。

「ついてきてくれなんて言わない。我々はカッコいいと思う音楽を自信もってやるし、それをもし気にいってくれたなら、またこうやって、ステージで、君と会おう」

正確には違ってたかもしれない。でも、僕にはそんなふうに聞こえた。

世のなか、好きも嫌いもある。なかにはそれすら示さず無視を決めこむひともいる。好きの対義語は嫌いではなく「無関心」だと聞いたこともある。

でも、ひょんなことから「好き」のトラップにひっかかってきたモノ好きの連中もいる。UNISON SQUARE GARDENのファンというのは、そんな大バカ野郎のあつまりなのだと思った。心ってものの最底辺から痛感した。そうさ我ら大バカ野郎のあつまりさ。

さぁ、Program has been continued. 帰るまでが遠足だ。プログラムはまだ終わっていない。フルカラーで目に焼きつけたら、安全に家に帰ろう。

2015年7月24日、新宿のバスターミナル内、夜行バスの待合室にて

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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