はなこへ

2016/03/04

essays

t f B! P L
花粉と書いて、はなこと読む。

花粉(はなこ)とは、子どものころからの付きあいで、幼なじみと言っても過言ではない。

彼女は僕に積極的なアプローチをしかけてきて、そのつど僕は頭を悩ませていた。

でも、そんな僕にもようやく花粉(はなこ)のありがたみがわかった。彼女が目と鼻の先ではなく中にいてくれたこと、それはけっこう大事な時間だったんだなって。

そして僕は花粉(はなこ)に手紙を書いた。花粉(はなこ)はもうしばらくしたらいなくなっちゃうけど、来年また会えるから、そのことをよりつよく意識するために。

✳︎

 花粉(はなこ)へ。
 なんの予告もなしに唐突に僕から手紙が届いて、驚いているのではないかと思います。それともきみはあまりにもクールで、きみを驚かせるにはただの手紙くらいでは足りないかもしれない。ロンドンからの伝書鳩とか、ボトルメールのようにビンに手紙を入れてリヴァプールから海に流したりするとかならよかったのかもしれない。あるいはロンドンやリヴァプールではあまりにツーリスティックで、きみを驚かせるのにはいささか役不足なのかもしれない。ティンブクトゥとか、スカンジナビア半島とか、セントクリストファー・ネイビスとか、そういうところからならよりよかったのかもしれない。しかしいずれにせよ僕はいま日本にいて、日本のスターバックスからきみへ伝えたいことを吉田兼好みたいにつらつらと書き連ねているわけです。
 長いあいだ花粉(はなこ)と付きあってきたけど、正味なはなし今日までは、花粉(はなこ)のことが好きになれませんでした。別れたいと、本気で思っていました。それがおそらく、僕にとって最良の選択であろうという確信に近い推測もありました。
 いつもスポンジみたいに僕の鼻から水分を奪い、メイクに失敗したピエロのように目ん玉と鼻の下を真っ赤っかにする花粉(はなこ)が、僕の人生にほんとうに必要なのかどうか、わからなかったのです。かかりつけの医師に相談して、アレルギーに効く薬を処方してもらって、医学の力で花粉(はなこ)を無理やり遠ざけたこともありましたね。
 お金も使いました。
 ティッシュを鼻に詰めて、笑われたこともありました。
 人前に出るときは、いつも気になってしかたありませんでした。
 花粉(はなこ)といっしょにいるときは、僕は大きな黒縁のメガネと、使い捨てのマスクをつけて、いくらか不審ないでたちで街を歩きました。
 呼吸するたびに、マスクと顔の隙間を縫って吐息がメガネのレンズを曇らせる光景を文字どおり目の前にして、理不尽な不自由に本来の意味で泣きたくなることも。
 思えばそれも、僕を思ってのことだったと、いまさらながら気づかされました。
 花粉(はなこ)がいたから、たくさんのひとたちとひとつのおなじ苦しみを分ちあうことができた。
 花粉(はなこ)がいたから、いつも洗濯機のなかで散り散りになって憎んでばかりいた(それは僕のあやまちなのですが)ポケットティッシュのありがたみがわかった。
 花粉(はなこ)がいたから、ふだんコンタクトレンズをつけない僕が、目薬というすばらしい涙と出会うことができた。
 ありがとう、花粉(はなこ)。しばらくして気候が暖かくなると桜も咲きます。そうなると例によってきみは砂漠を突き進むハリケーンのようにどこかへ(おそらくはどこでもない場所へ)行ってしまうのでしょうね。また来年、お互いひとまわり大きくなって再会できるよう、花粉(はなこ)とすごすことのできるいまこの一分一秒を大切に使いたいと思います。
 あしたからもまた、ポケットティッシュと目薬を持って、僕は花粉(はなこ)といっしょにいることにします。いつもみたいに大きな黒縁のメガネと使い捨てのマスクはつけているだろうけど、きっときみはどこへ行こうと僕を待ってくれていると思います。
 残り少ない時間を、どうかよろしくお願いします。

✳︎

 …と、まぁ、くだらない内容の文章から。この五日間で僕は一箱半のボックスティッシュと、かぞえてはいないけれどおそらくは四つほどのポケットティッシュを使った。花粉(はなこ)とまた一年後に会えるのが待ち遠しいですね、と言える日まで、もうしばらく花粉(はなこ)と付きあいたいと思う、今日このごろなのだった。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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