グッバイ・ヴォルデモート

2016/09/22

t f B! P L
愛知県某所に、名前を言ってはいけないレコード店がある。

っていうと、なんだかハリー・ポッターに出てくる「例のあのひと」みたいな面持ちで書きすすめてしまうけども、そのレコード店(っていうかCDショップだね)には、個人的に並々ならぬ思い入れがある。

店名を、仮にヴォルデモートとしよう。なぜヴォルデモートの名前を言ってはいけないか。直入にいうと、それは売名行為に影響するから。そのCDショップには、全国流通のCDは陳列されていない。店内に並んでいるのは、東海三県(愛知・岐阜・三重)や静岡とか、たまに和歌山とか滋賀とか、を拠点に活動するアマチュアバンドの自主制作CDたち。

オーナーのおじさん(いま40代くらいだ)がなぜそんなニッチな方針のお店を営業しているのかは、むかしからさだかではない。でもとにかく、オーナーの目にとまったバンドのCDはこの店でパワープッシュされ、もののひと晩でその界隈では一目おかれる存在となることで有名だった。

さて、僕はむかしむかし、と言ってもほんの10年まえのことなのだけど、あるロックバンドを組んでいた。Scheilというそのバンドは、2006年の9月に、メンバーみんなが持ち寄ったお金でいちばん安いスタジオを借りて、不眠不休でレコーディングにいそしんだ。そして完成された記念すべき1stシングル「GOOD-BYE」(って言ったらなんだかそれっぽくて格好いいけど)は、なんと初音源にしてヴォルデモートのNew Comerコーナーに並ぶ運びとなったのだ!

1stシングルなのに「GOOD-BYE」なんて、ひねくれた考えだったと思う。でも、できすぎなくらいのこのストーリーの結末としては、Scheilはそこまで伸びなかった。2011年くらいに解散して、いまはメンバーそれぞれに好きなことをやっている。ヴォルデモートのオーナーには感謝してるけど、あまり売れなかったから期待に応えられなくてゴメンという気持ちも同時にある。だからうしろめたくてあまり店に寄ることはなかったけど、先日後輩バンドのCDを買いにヴォルデモートに足を運んだ。

後輩バンドはものすごく人気があり、学園祭のステージの物販に売られていた自主制作盤はソールド・アウトだったので、この店なら置いてあると思った。そして案の定、残り2枚までせまった棚で僕は後輩バンドのCDを買うことができた。

ただ、おかしなポイントがひとつだけ。聴きなれた音楽が、店内に慎ましやかに流れていた。

それはほかならない10年まえ、Scheilがレッドブルを飲みながら夜な夜なつくりあげた「GOOD-BYE」だった。

耳をうたがうとは、きっとこういったことを指す言葉なのだろうな、と思いのほか冷静に思った。ぜんぜん売れなかったバンドだけど、いまもかけてくれてるんだな、と心のなかでオーナーに感謝した。二度目の感謝だ。

後輩バンドのCDの会計を済まそうとレジに向かい「すみませーん」と言うと、オーナー(印象としてはあまり変わっていない)が奥のカーテンから顔を出した。これください。はいよ。事務的な手続きがすすむ。

税込みで1500円ね。2000円でお願いします。じゃあおつり、500円。ありがとうございます。これ領収証ね。どうも。

「あの、いまかかってる曲……!」

勇気をふりしぼったわけでもなく、好奇心に駆られたわけでもなく、気づけばすんなりとそう口にしていた。オーナーはひとしきりポカンとしたあと、思い出すように話しはじめた。

「10年くらいまえだなぁ。知りあいのツテで紹介されたバンドなんだけど、名前なんつったかなぁ、もう忘れちまったけど。まだ若かったのにいい歌うたってて、ウチでもけっこう推したんだよ? でもまぁ、この業界のむずかしいところだよなぁ。あんまりブレイクしなくてね」

名前は憶えていてくれなかった。10年まえとはいえあいさつした僕のことも忘れていた。でもScheilの「GOOD-BYE」を、いまもいい歌だと言ってくれた。

「にいちゃん、ちょっと待ってな」

オーナーはそう言って店内奥にもどっていき、2分後くらいに出てきた。「あったあった。店内用のCDの盤面にシェイルって書いてあった。もう在庫はねぇかなぁ。このCD、よかったらそこの試聴機を使うといい。いまながれてる曲は3曲目に入ってるから」

ありがとうございます。せっかくだから、そのCD、いろいろなバンドの名前がオムニバスにならぶなか、カタカナでシェイルと書かれた3曲目を試聴機のデッキに入れて、ヘッドフォンをつけた。Play。なつかしいイントロがはじまって、なつかしい声が聴こえてきた。

なんとなく、オーナーに言われたからなのかはわからないけど、「GOOD-BYE」はたしかにいい歌だった。テレビやラジオで「何十年たっても色あせない名曲」と紹介される歌は多いけど、「GOOD-BYE」はもしかしたらそういう歌なのかな、とおこがましくも思った。

3曲目の「GOOD-BYE」を聴き終えて、ヘッドフォンを試聴機にもどすとオーナーが1枚のCDを手に待っていてくれた。「どうだった? 10年まえのだけど、在庫あったよ。もし買うってんなら30%オフにしてやる」と、オーナーが差し出したCDには「GOOD-BYE / Scheil (2006.9.22)」と書いてあった。

べつになんの義理もないけど、買うことにした。自分でつくったCDを自分で買うなんておかしなはなしだけど、なんとなく気分はよかった。オーナーはレジのうしろの棚からダンボールを出して、なにやらガサゴソとさぐりはじめた。

あ、30%オフの税込みね。はい。端数切ってやるよ。ありがとうございます。500円ね。えーっと、じゃあ、さっきのおつりの500円で。はいよ。

ダンボールから写真のようなものを1枚出してきて、オーナーは500円をレジに入れた。「これ。ま、さっきも言ったけど、10年まえのだから、気持ちとしてとっといてくれ」

オーナーの手には、10年まえの僕らが懸命につくったバンドロゴのステッカーがあった。なんでこんなもの置いてあったんだろう…。不思議に思いながら、オーナーがCDを袋に入れてるのを見ていたら、そのCDの裏面には「初回生産限定スッテカー付き!」と書いたシールが貼ってあるのが見えた。

あー、そっか。10年間、初回生産限定盤が売れずに残っていたんだ。

そしてオーナーはそれを10年間、捨てずに残してくれていたんだ。

なんとも言えない妙な心持ちで、10年まえのCDをカバンに入れて、店を出た。自動ドアの手前、店に入って最初に見る場所(僕からしたら最後に見る場所)には、聞いたことのない大学生くらいのバンドのCDがパワープッシュされていた。

けっきょく、僕は名前も告げずに、Scheilのメンバーだとも告げずに、店をあとにした。オーナーもそのことには気づかないまま、また店の奥にもどっていった。

「いやー、ステッカーに顔写真が載ってなくて、ほんとうによかった」


そんな今日は、9月22日。ScheilがはじめてCDを出した、9月22日

このブログを検索

自己紹介

自分の写真
好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

お問い合わせ

名前

メール *

メッセージ *

QooQ