某都市のダイエー地下に、不二家さんがテナントで入っていた。そう。あのケーキの不二家さん。僕の仕事の取引先は4階の売り場なのだけど、この不二家さんがエレベーター前にあるものだから、必ずここを通る。
不二家さんには、おなじみのキャラクター、ペコちゃん、という人形がいる。ご存知かどうかわからないが、このペコちゃん、首部分がバネになっていて、ぽこん、とたたくと、
ユンユンユンと、しばらく首を動かし続けるのだ。特に意識していたわけでもなく、僕もここを通る時には、必ずこの「ペコちゃん」の首を、ポンと叩くのが日課となっていた。
ある日の仕事で、また僕はそこを通過する際、「ペコちゃんにごあいさつ」と思って、あたまをポン、と叩いたつもりだったのだが、少々、力加減を間違えたのか、ガコン、という鈍い音がした。
すると…。
あろうことか、ペコちゃんの頭部が胴体から離脱。ゴロゴロとフロアをいきおいよく転がり出して、不二家さんの店員さんをはじめ、まわりのテナントさんの見守るなか、奇妙な軌跡を描きながら単独行動を取り出したのだった。
え~~~~~~~~~~~
まぁ、そのシュールなこと。
頭部のソロ活動によって残されたペコ胴体もかなりシュールで、なぜはずれる?と思えるほどに長い軸(たぶんこれが本来の首の役割)。ここから、あの頭部がはずれたのか。こんなに長い支えがありながら、僕のさじ加減ではずれてしまうペコちゃんの頭部、もしかして軽いのでは? それにしてもこの支軸、見ようによっては、ショッカーの新怪人みたいだ。
そんなこと言っている場合じゃない。あわててペコちゃんの生首を追いかける僕。
しかし、偶然というのはすごいもので、このとき、ちょうどエレベーターが開いていたのだった。ペコ首は、奇跡的な放物線を描きながら、ごろごろと音をたててエレベーターに乗り込んだ。僕もなりゆき上、後を追いかけエレベーターへ。
ペコ首は、エレベーター奥で突き当たって止まったので、それをつかまえ、持ち上げ「ほっ」と安堵した。そのとたん、エレベーター扉が閉まった。
ペコ首。わかるかたはいらっしゃらないだろうが、それだけだと、意外なほど重く、でかいのだ。こいつが。さっき軽いのでは?とか憶測した自分をパプアニューギニアに投げてやりたい。
あわててBFボタンを押したが、無情にも、エレベーターは上昇を開始。言うまでもなく、1階売り場までまいり、扉が開いたのだけども…。
当然、そこにはエレベーターに乗ろうとしていた方が5、6人、待ち構えておられた。突如、ペコちゃんの生首を持った男がそこに立ち尽くしているのだから、そりゃ驚く。結局、あっけにとられたのか、誰も乗り込まないまま、扉は再び閉まった。
…すんません。
まぁしかし良いのか悪いのか、よくわからないけど、とにかくBF!と、ボタンを連打。が、なんと! エレベーターはさらに上昇を続けるではないか。
そうか………上階でボタンを押しているひとがいるんだ………。うわぁ………。
いるどころの騒ぎではなかった。エレベーターは、そのまま7階まで各駅停車。その都度、エレベーター前のかたと「おはようございます」するわけだが、降りるにも降りられない。
当然、乗り込まれるかたもいらっしゃるのだけど、まぁ、ジロジロと僕の顔とペコ首を交互に見比べるわけだ。「おいらだって好きで持ってるわけじぇねーべ」と、言いたいわけだが、言ったところで、なんの足しにもならない。
やがてそのまま7階で折り返すころに気づく。そうか、後ろ向きゃいいんだ。後ろ。
と、ペコ首を前に抱きかかえまして、後ろ向き、つまりエレベーターの壁のほうを向いたわけだけど、それはそれでおかしな雰囲気らしく、乗って来られるかたが、いちいち確認するように覗き込むわけだ。
ああ………なにやってんだ………俺………。
ペコちゃんの生首をかばうようにして、後ろ向きにエレベーターに乗っていた僕だが、4階くらいで乗り込んで来たオヤジが、しつこくしつこくペコ首を覗き込んでくる。その都度、べつに後ろめたくもないのに、ペコ首をかくそうとする僕。まったくなにやってんだか。
そうだ!隠してしまえ!
と、僕はコートの前ボタンをはずして、コートで覆った。とは言うものの、ペコ首は、ご存知のとおり横幅が広く、おまけに三つ編みなどしているものだから、どうしてもリボン部分が出しゃばる。まぁ、しかしそれも地下1階までの辛抱だから、この際ぜーたく言ってられない。
しかし。これが予想外の不幸を僕にもたらすとは、そのとき、気づきもしなかったのである。
なにしろ7階から折り返して来た僕は、次から次に「各駅」から乗り込む人たちのおかげで、どんどん奥へと押しやられた。もっとも、一番奥の僕だけが、後ろ向きで乗っていたので、乗り込む人たちには、それはそれは奇妙にうつったことと思う。
そしてエレベーターは1階へ。あとわずかで地下にもどれる、と思ったとき。1階の扉が開いたと同時に、女性の叫ぶ声がとびこんできた。
ガー………
「店長!いました!あのひとです!
あの人が、ペコちゃんの首を盗んでエレベーターで逃げたひとです!」
あんだって?
「ほら!あのひと…おなかにペコ、隠してます!」
それから数秒間のあいだにおきたことは、僕の記憶の保護回路が働いて、よく覚えていない。が、よほどにつらいことがおきた、ということは、いまでも容易に想像がつく。なにか「ふてー野郎だ」とか「変態」とかなじられながら、とっつかまったような………うう………。だめだ……。思い出そうとすると頭が割れるように痛む……。もう………かんべんしてください…………。お母さん……。
ただ。この台詞だけは明確に覚えている。
「ウチのペコちゃんを返せ!」
当時の薄れいく意識のなかでも、このヘンテコリンな台詞に、おもわず吹き出しそうになった。
「隠したってわかるんだぞ!」
ちがうっちゅーに!
なにがおもしろくて「ペコちゃんの首」を盗むヤツがいるってんだ。濡れ衣にしても、あまりに情けない……。
そのままエレベーターは、店中が騒ぎを見守るなか、地階へ。地階は、僕がエレベーターで7階から往復しているあいだ、とんでもない騒ぎとなっていて、テナントさん、大集合!
………うれしくねーよ。
さすがに泥棒扱い、それも変態扱いというオマケまでつくと、黙っているわけにはいかない。
しかたがないので、不二家にて事情説明だ。
入店証(業者に与えられるバッチ)まで見せて、ようやく理解を得られ、そそっかしい「犯人扱い」の店員さんは、こってりと店長さんにしぼられていた。
よく聞くと、もう数日前からペコちゃんの首は壊れてしまっていたのだそうで、頭はのっけていただけなのだとか。
店長さんが言いました。「いやぁ、まさか叩いて行くようなもの好きな人がいるとは思わなかったものですから」
悪かったな。もの好きで。だいたいあれだよ。ペコちゃんは、ユンユンされるためにあるんだよ! あんた何年不二家に勤めてんだ!
と、頭のなかでは激怒していたが、なぜか営業スマイルで話を聞いている僕。その甲斐あってか、店長さんは、お詫びに、とショートケーキをくださった。
すっかり機嫌を直して帰った僕だったが、次の仕事で訪れた日、ペコちゃんの首になにかかけられていて
「ペコちゃんの頭をたたかないでください」
と注意書きがしてあった。
しかもこの看板。5年以上経ついまも、いまだにはずされることなく凛としたたたずまいでペコちゃんの首にかかっている。
もし、あなたがこのペコちゃんをご存知でしたら、そう。そのペコちゃんこそ、僕が生首をふっとばしてしまったペコちゃんだ。
歴史というものはこのようにしてつくられるのである。
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