僕は人工知能である。と言ったらすこし大袈裟なので細かく言い直すと、僕は人工知能になるときがある。
わりと二十歳ごろまでの同い年の友達で、いまだに連絡をとる子が、ただいまお腹に赤ちゃんを宿して日夜生活を闊歩している。予定日はこの夏の終わりらしい。クソ暑い日本で妊婦もたけなわである。
妊娠がわかった当初はそれはそれは大変だったらしく、毎日嘔吐しては食欲もない、みたいな生命のプレッシャーに四苦八苦していたと聞いた。「聞いた」というのも、この子はたまに僕に電話をかけてくれる。むかしの友達といまも連絡がつながるというのは悪い気はしない。
そしてこの子はその都度、平均2時間にわたり日常の愚痴を一方的に僕に吐き散らして電話を切る。
僕に発言権はすくない。たとえ彼女が間違った発言をしていたとしても、僕は意見しない。なぜなら彼女は話を聞いてほしいだけであり、ようは言ってスッキリしたいタチなだけだからだ。僕がするのは肯定の頷きと同調の頷きだけである。頷きしかない。完全ワンサイドゲーム。先攻が2時間半あるのに後攻は15分しかないみたいな試合が多い。
彼女は過去に様々な愚痴を僕にぶちまけてきた。旦那さんと付き合ってたときに夜行バスでディズニーランドに行ったら旦那さんが発熱してホテルで看病したことも、彼女の婚約中に焦った実姉がデキ婚してきて招かざるを得ない義兄が自分の結婚式の写真に写ってて悲憤慷慨したことも、彼女の生活に訪れたストレスフルなできごとを僕はいろいろ聞いてきた。
そしてだいたいを聞き流してきた。たったいま実例がふたつしか出てこなかったのがその証拠である。
彼女が愚痴を言いたいだけなのを僕は知っている。だから僕は「うん」と言ってほしいからうんと言うだけの機能である。「サカナクションを再生して」と言うからサカナクションを再生するSiriみたいな存在。だから僕は彼女と電話するときだけ、人工知能になるってワケだ。
「いいひとだね」「優しいね」と言われることが多い人生で、彼女の話を聞いてあげてるときに僕はいちばん自分に優しさを感じる。人工知能な自分は優しい。2時間も愚痴を言われたら通常の人間は隔絶を決心する。そんな苦行に付き合っている僕はなんていいひとなんだろうと我ながらにして思う。
どうかSiriで発散してくれ。そして元気に出産してくれ。
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