自称“ミス大丈夫”YUKIのうたう「JOY」がやっぱり無敵だった

2018/09/01

music 感想

t f B! P L


ロックバンドが解散し、そのバンドのボーカルがソロで音楽をつづけるとき、簡単な物語は用意されていない。

バンドで手に入れた名声や人気、知名度、売り上げ、音楽ビジネスをとりまくあらゆることを引っくるめて算出された数字や結果が、ソロになったときにそのまま引き継ぎされるかといえば、むしろ真反対といえる。もともとのファンしか聴かないようなソロデビューは商業的には失策である。

もちろん成功例はある。小田和正、山下達郎、氷室京介……。彼らはもともとやっていた音楽を系譜として受け継ぎ、ソロとして活力あふれる展開をこれまでしてきている、あるいはしてきた。

そんななか、JUDY AND MARYのYUKIに用意された線路はどういったものであったか。ソロデビュー曲「the end of shite」は、SEAGULL SCREAMING KISS HER KISS HERの日暮愛葉の全面プロデュースでリリースされたが、JUDY AND MARYのメロディアスでキャッチーなJ-POPらしいパンクロックとは縁遠いオルタナティブなサウンドであった。「ジュディマリのユキちゃん!」というイメージをそのままソロで再現しようと考えられたとは思えない。

すくなくとも、JUDY AND MARYのYUKIがソロ歌手としてうたっていく未来に、あるていど模索する試行はされていたということになる。

2003年「ハミングバード」までのYUKIは、おそらく色々様々な暗中を手探りですすんでいたはずである。JUDY AND MARYからソロになったはいいが、方向性はわりかしマルチアングルに拓けていた。

そんなYUKIがソロとしてうたっていくなかで、今日の“YUKI”としての視野をおおきく確立させた人物がいる。元CANNABISのキーボーディスト、ナイスポジションこと蔦谷好位置である。

第一子の出産をはさんだ2004年、再始動曲の候補として挙がっていた歌がある。彼女の9枚目のシングルとしてリリースされた代表曲「JOY」がそれだ。作曲者であり、いまとなっては敏腕音楽プロデューサーとなった蔦谷好位置との出会いを、YUKIは「わたしはこの歌を10年待っていた」と語る。「ハローグッバイ」「ふがいないや」など、YUKIの数々のヒット作を支えた蔦谷の手腕は、YUKIを「JUDY AND MARYのYUKIのソロ活動」で終わらせずに、「歌手・YUKI」として未来をこじ開けたと言ったとして、それをだれが過言などと言えようか。

再始動曲として候補に挙がっていたにもかかわらず、9枚目のリリースとなった「JOY」は、それだけ推敲と改作を繰り返された、YUKIと蔦谷にとって非常に大切な歌である。

いつも口からでまかせばっかり喋ってる

イエス、 ノー どちらでもないこともあるでしょう

いつだって世界はわたしを楽しくさせて

いつか動かなくなる時まで遊んでね

しゃくしゃく余裕で暮らしたい
約束だって守りたい

誰かを愛すことなんて
本当はとても簡単だ

「わたしが世界を楽しくさせる」のではなく「世界がわたしを楽しくさせる」のだ。自分の主体的な取り組みで世界を楽しむというありがちなフレーズに、YUKIはのっけから対照的な自我を持ち込んでうたいはじめる。「世界がわたしを楽しくさせる」ということは、自分がなにもしないでいても、世界が楽しませてくれるという解釈で受け取れる。なかなかのお嬢様である。自分が動かなくなるときまで、世界に相手をしてくれと主張しているのだ。「動けなく」ではなく「動かなく」、つまりこれも主体的に自分自身が飽きて取り組みをやめるときになったらというわがままっぷり。いったい、この自信はどこからくるのだろうか。

余裕で暮らしたい、約束も守りたい、愛することなんてなんのこっちゃない。この段階でYUKIはすべてにおいて前向きで、世界と自分とをつなぎとめて喜び(joy)で溢れかえった無敵な様子である。しかし、つぎにYUKIはちいさな弱い側面を見せる。

ずいぶん遠くまで流れ流れてせつないんです

大切な思い出さえ忘れていきそうです

確かな君に会いたい
百年先も傍にいたい

どんなに離れ離れでも
ふたりをつなぐ呪文はJ・O・Y

前向きなYUKIも、年齢を重ねて、鮮明だった記憶もふとした隙に忘れてしまうかもしれない。そんな弱気な気持ちを表面上はうたっている。しかし、どんなにネガティヴな言葉も、JOYをうたうYUKIを目の前にするとどこかポジティヴに置換されているような魔法がある。それは開き直りのようでもあるし、事実としてある現在の実情を真心で受けとめて、前へと進んでいこうとするYUKIの力強い姿勢であるようにも見える。

世界はわたしを楽しませてくれる。まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように、わがままなポップはYUKI自身にとって平然と存在するものなのだろう。著書でYUKIは、幼いころから好奇心の塊だったことを明かしている。そうやって飛びついたたくさんの物事から、インプットとアウトプットを繰り返してきたYUKIは、彼女の見る世界にあふれるアイデアやユーモア、スリル、あるいはファンタジーをみて、つねに刺激されていて、それは彼女の半生と人生観そのもののようである。

そりゃあ、いまのドキドキもワクワクも死ぬまで続いてほしいと思うよなぁ。YUKIにとって世界は絶え間ないドリームポップの空間であり、歌をうたう喜びの源泉なのだから。

いつも口からでまかせばっかり喋ってる

運命は必然じゃなく偶然で出来てる

じつはYUKIは近年、テレビ番組やライブにおいてこの歌を披露するとき、「運命は必然という偶然でできてる」とうたっている。表記上の意味こそあまり変わらないが、僕たちが偶然だと思っているものを「それは必然ではない」と否定するのにたいし「それは必然と呼ばれているね」とYUKI自身が認めているのである。必然というのは、決められたモチーフが決められたとおりに動作することであり、きっと世のなかはそういうふうにまわっている。企画を立て計画を進め実行するのがビジネスだ。そうやって約束を守っていくのがビジネスだ。しかし、YUKIはそれは偶然だと主張する。すべてが思いどおりにいかない、ハプニングの連続で、そういう感性をもっているYUKIを楽しませる世界は、すなわちJOYに満ちているのだ。

いつまでたってもわかんない
約束だって破りたい 

誰かを愛すことなんて
時々とても困難だ

そんなYUKIだからこそ、わかんないことがきっと楽しいんだろうし、約束だって、決めごとだって、破りたくなることがあるのだろう。その選択が、YUKIを楽しませるのだ。それゆえに訪れる、だれかを愛することのむずかしさは、有り体に言えば歌詞の対比構造から理想と現実のギャップだと受け取れるのだろうけど、ポジティヴに簡単だった「愛する」という行為がむずかしいことは、きっとYUKIにとってはジョイフルなことなんだろう。

世界が楽しくてしかたないYUKIの「JOY」は、そういう意味では無敵のポジティヴソング。困難なことも、簡単なことも、すべてはJ・O・Yの呪文でつなげられるんだ。イエス、ノー、どちらでもないJOYは、なにでもない最強の言葉だったんだ。自称“ミス・大丈夫”YUKIがうたうからこそ、その意味も特別なんだろうなぁ。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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