ちいさい“つ”

2019/05/09

essays

t f B! P L


その日、エレベーターで知らないおっちゃんが僕に「ヘイ、ヘイ! 兄ちゃんヘイ!」と話しかけてきていて、「ああ、ちょっとおかしなひとなんだなぁ」と思っていたら、僕がエレベーターの「閉」ボタンとまちがえて「開」ボタンを押していて、扉が開きっぱなしになっていた。そんな余談から、まったく関係のないはなしをしようと思う。

僕は名古屋に行ったとき、かならずと言ってもいいほど足を運ぶベーグルカフェがあった。僕はその店で、いつも「スパムエッグベーグル」と「レッドオレンジ・ラテ」を注文した。これには理由があった。

まず僕は、野菜がほとんど食べられない。この店のベーグルサンドは、ブルーベリークリームや黒糖などのスイーツ系のベーグルとスパムエッグベーグルを除けば、すべてのベーグルに野菜が入っている。オニオンとか、レタスとか、そういうものだ。僕はそれらが食べられないので、スパムと目玉焼きみたいな卵とチーズだけが挟んである、「スパムエッグベーグル」をいつも頼む。この店の惣菜系メニューのなかで唯一、ノンベジタブルなベーグルサンドなのだ。

つぎに僕は、コーヒーが飲めない。紅茶は飲めるが、わざわざ外出先で飲みたいほどでもない。よって僕はcoffeeが飲めないにもかかわらずcafeと名乗る店の門をたたくわけだが、なにもコーヒーだけがカフェのすべてではない。いざとなったらコカ・コーラやアップルジュースなどのお子様向けのソフトドリンクもちゃんとある。しかしこの店には、「レッドオレンジ・ラテ」という一風変わったドリンクメニューもあったのだ。僕はレッドオレンジという文字面のインパクトに一瞬で中二病の精神をくすぐられ、初めてこの店を訪れたときに飲んでからに味にも名前にも虜になっている。だいたい紅茶とかコーラとか、自販機で売ってるし。

そういうわけで、僕はこの店に来ると「スパムエッグベーグル」と「レッドオレンジ・ラテ」のセットを注文するのだ。ほかに選択肢がない。野菜を避けて、なおかつここの味を楽しむには、この組み合わせしか残されていなかった。

ある日、僕は学校帰りにカフェに寄った。講義が午前中だけだったので、ランチがてらだったのだろう。僕は店内に入り、スッ、と人さし指を一本立てる。どれだけカッコつけても「おひとり様」という名のぼっちであることには変わりがない。

しかしこの日はどうやら店が混んでいた。僕はしばらく待たされて、用意されたテーブルに案内された。店員の作業を見るに、2つくっつけてあったテーブルを、僕のためにセパレートしてくれていたようだ。カフェの店員はテンポよく、お手ふきや、フォークとナイフとナプキンとが入った編みカゴ状の入れものや、お水を用意してくれた。

「待って!」

店内に流れるBGMをかき消すほどの音量でその声が聞こえたのは、僕がいよいよ椅子に腰をおろそうとカバンを置いて中腰になったときだった。思わず僕は待った。だって「待って!」って言われたんだもの。

声の主は僕のとなりのテーブルで食事をとっていた婦人だった。婦人はまっすぐな目で、空気椅子状態にある僕を見つめて言った。「店員さん、テーブルを元にもどしてちょうだい」

店員はきょとんとして僕と婦人とを交互に見た。「待って!」以降、着地の許可が出ていない僕の尻は落下点を求めてプルプルしていた。婦人は続けた。「わたし、この子にはなしがあるの」

店員は「お知り合いですか?」と尋ねた。とうぜん僕は首を振った。婦人は目をギョロッとさせて驚き、僕よりもおおきく首を振った。「ま、まさか。そんなわけないじゃないの!」といった感じである。それはこちらの領分だ。

「じゃあ、どうして…?」と、店員は婦人に尋ねた。店員が婦人のほうを疑っていたのはあきらかだった。行き場を失った僕の尻はそろそろ限界である。婦人は問うた。「あら、相席でも問題はないでしょう?」

店員は困惑した。「はぁ、でも…」。いや、困惑しなくてもいいのだ。あなたはなんにも悪くない。いまこの場の安定していた軌道を逸らしているのは、だれの目にもあきらかにこの婦人なのだ。店員は僕のほうをチラと見た。

僕は逡巡した。たしかに相席でも問題はない。が、しかし、僕の尻を支えている太ももの筋肉がいまにも痙攣を起こしそうだった。僕にはただただコクリとうなずくしか術はなかった。ぜんぶ尻のせいだ。

僕は筋肉の弛緩と引き換えに、婦人と相席になった。ここで婦人の容貌を説明しておこう。婦人は、きわめて一般的な、いや、それどころか、かなり上品な洋服をそつなく着こなしていた。エレガントで、年齢は50すぎくらいだろうか。高そうなジュエリーを身につけ、プラダのバッグを脇に置いていた。きれいにカールさせたミディアムヘアを除けば和田アキ子さんによく似ていた。

しかし、婦人の容姿がいかに気品にまとわれていようとも、僕にはなしがあるとはいったいなにごとだろう。僕がオロオロとメニューを開くと、婦人は小学生があさがおの観察をするようにしげしげと僕の一挙手一投足に目を走らせた。メニュー表のページをめくる右手の動き、なんとなく引っこめた左手の行方、怖くなって体に寄せたカバンの外観、とにかくすべてに目を配った。

「ご注文が決まりましたらお呼びください」と、店員は足早に去った。そりゃそうだろう。青年との相席を希望する婦人と、それを承諾する青年。不自然以外のなにものでもない。

僕にはなしがあると言ったにもかかわらず、婦人は僕がメニューを注文するまでなにも話しかけてこなかった。もちろん僕は婦人に話すことなどない。僕は、「メニューは決まってるんだけど、すぐ頼んだらまるでそれを食べるためだけに店に来ていると思われるだろうから、いちおうひととおり迷ったフリ」を無意味に展開し、店員を呼び止めた。いつものメニューだ。「スパムエッグベーグル」と「レッドオレンジ・ラt

「ダメよ!」

婦人が勢いよく、会計票を書く店員を制止した。僕はビクついて、口を真一文字に結んでその場を見届けることしかできなかった。婦人は話した。長かったが、要約するとこういうことだった。「わたし、言語学者。あなたが『スパムエッグベーグル』と『レッドオレンジ・ラテ』を食べると、日本語からちいさい“つ”が消える。たいへんなことになる。メニュー、いますぐ注文し直して、べつのメニューに。はやく」

ちいさい“つ”が消える⁉︎

店内の客の視線が徐々にザワザワと我々のテーブルにあつまる。事の奇怪さに僕はようやく気づきはじめた。僕は、いまとんでもないブツを相手にしている。一筋縄ではなんともなりそうにもない。

婦人は語る。ちいさい“つ”が日本語から消えると、日本語がたいへんな事態に陥る。「カフェに行った」からちいさい“つ”が消えると、「カフェにいた」になる。これだとたしかに意味はたいして変わらないかもしれない。しかし、「きっと見つかる」からちいさい“つ”が消えると「木と見つかる」になる。意味が変わる。ちいさい“つ”が消えると、「失態」は「死体」になり、「食器」は「初期」になる。「スパムエッグベーグル」は「スパムエグベーグル」になり、「レッドオレンジ・ラテ」は「レドオレンジ・ラテ」になる。いい? 日本語からちいさい“つ”が消えると、とんでもないことになる。あなたが「スパムエッグベーグル」と「レッドオレンジ・ラテ」を食べないことで、この大事件は回避できる。

どういうことぽよ?

僕には婦人の言っていることがさっぱり理解できなかった。いや、結果は意味上だけ理解できたが、問題はその原因だ。僕が「スパムエッグベーグル」と「レッドオレンジ・ラテ」を頼むことで、日本語からちいさい“つ”、すなわち“っ”が消える? はっはっは、そんなバカな。へらへら〜っと僕が愛想笑いを浮かべると、婦人はカッと目を見開いてキッパリといった。

「笑いごとじゃない!」

すみません! 僕は姿勢を正した。いやでも、だって、そんな、あはは、ちいさい“つ”ねぇ、なるほど、そうか、あはははは。僕のあたまは完全に混乱していた。ちいさい“つ”が消えるなんて、「食器」が「初期」になるなんて、そんなはなし、信じられそうにない。っていうか、はなしがあるってそれかい。僕はふたたびへらへら〜っと「あぁ、エレベーターのおっちゃんよりもおかしなひとに会っちゃったよ〜」と思っていた。くりかえすが冒頭で書いたエレベーターのおっちゃんはおかしなひとでもなんでもない。

しかし婦人は語る。あなた、ちいさい“つ”がどれほど大事かを理解していないでしょう。ちいさい“つ”はたしかに、ほかのひらがなに比べて発音はできない。音を表すひらがなではない。しかしそれは同時に、「沈黙」をつくりだせるひらがなである、ということだ。「沈黙」とはすなわち間。行間を読む日本人のもっとも大事な要素のひとつ。打楽器は叩けばいいってもんじゃないでしょう? リズムよく「間」を置くことでビート感を出す。それとおなじ。ちいさい“つ”のつくる「沈黙」があってこそ、ひらがなが活きる。光があるということは、つまり影もあるということ。影の存在があって、初めてわたしたちは光を光だと認識することができる。ちいさい“つ”があってこそ、ひらがながひらがなとして役割を果たせる。そう、だからはやく、メニュー。メニューほかのに変えて。

僕は硬直した。婦人の言っていることは、たしかにもっともだと思ったからだ。僕が「スパムエッグベーグル」と「レッドオレンジ・ラテ」を食べることで、なぜそのような惨事になるのかは1ミリも理解できていなかったが、ちいさい“つ”に対する婦人の体系的な解釈はすくなくともまちがっていない。しかし、僕にはどうしようもない。さきに述べたとおり、僕がこの店のメニューを楽しむには、その組み合わせしかないのだから。とはいえ、どうもこの婦人は否が応でも僕の注文変更を見届けないと妥協してくれそうにない。しかたなく僕は、「レッドオレンジ・ラテ」を「コカ・コーラ」に変更した。婦人はまたもカッと目を見開いて言い放った。

「ちがう!」

ちがった! ごめんなさい! でもなにが⁉︎ と、僕がとうとう「もう帰りたい」と思いはじめていたとき、僕の注文変更は認められなかった。「スパムエッグベーグル」と「コカ・コーラ」だと、こんどはいったいちいさいなにが消えるというのだ。帰りたい。一刻もはやくおウチに帰っておふとんにダイブしたのちなにもかもを忘れて眠りに落ちたい。帰りたい。周囲の視線も痛い。帰りたい。

婦人は語る。「スパムエッグベーグル」と「レッドオレンジ・ラテ」は、言うなればちいさい“つ”とほかのひらがなの関係である。言い換えれば、光と影の関係である。変えるならば、ペアで変えないと意味がない。「ちいさい“つ”と光」とか、「ひらがなと影とかでは、意味上はおなじであっても外観があるべきすがたにそぐわない。変えるなら、「スパムエッグベーグル」も変えなさい。

僕は観念した。野菜が食べられない僕は、いたしかたなく惣菜系のベーグルをあきらめ、シンプルにプレーンベーグルを注文した。すると婦人は納得したように安堵し、「まったく…」とこぼした。そのセリフもこちらの領分だ。

そこからは婦人はよくしゃべる近所のおばちゃんと化した。学生さん? なに勉強してるの? どこ住んでるの? お母さんは元気? 「はぁ、まぁ…」と粗雑なあいづちを打つ僕に、最後に婦人は訊いた。「あまいベーグルでよかったの?」

ぜんぜんよくねぇよ。…とはもちろん言えずに、僕は「野菜が食べられないので、スパムエッグベーグル以外だとあまいベーグルしかなかった」という旨の説明をした。

これが、婦人の逆鱗にふれた。

「はぁ⁉︎ 野菜を食べない⁉︎ そんなんで長生きできると思ってんのあなた。日本の平均寿命は世界トップなのよ。野菜を食べたからこその結果なの。野菜を摂らないとすぐに死ぬわよ。いまは若いからいいけど、年とるともっと厳しくなるんだから。人間ドックは受けた? 健康診断は? いいですか、日本人というものは元来…」

このさきは長いので省略する。というか、率直に言って思い出したくもない。あれだけちいさい“つ”が消えるとかいう意味のわからない事態を予測していた婦人が、野菜と長寿の関係性を熱心に説いている。僕はいったいなにをしているのだろう。そろそろ店にも客にも顔をおぼえられている。帰りたい。もうけっして来ないから、いっそお店から追い出されたい。

僕は、婦人の熱心な野菜の健康論を右から左へ受け流し、左から右へとはじき返しながら、努力できるかぎりの笑顔でプレーンベーグルをたいらげた。婦人は僕がコカ・コーラを飲み干したタイミングで、「あら、そろそろ行かなくちゃ」という言葉とランチ代を残して疾風のごとく店をあとにした。僕は周囲からの鋭利な視線をあび、店員から同情の苦笑いを受けとり、婦人が見えなくなったのを見計らって、会計を済ませ、婦人とは反対方向に歩きだした。目的地があったわけではない。婦人に二度と会いたくない、それだけの理由だった。ていうか、払えよ、おまえのせいで変更したランチ代。それくらいの懐の深さ見せろよ。

僕は、この一件以来、店を訪れたことがない。怖い。それだけで、近寄らない口実はじゅうぶんだった。しかし、いずれまた食べたい、スパムエッグベーグルとレッドオレンジ・ラテ。まちがってもプレーンベーグルとコカ・コーラだけは頼まないけど。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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