はしもとみおの世界、自然を昼夜追いかける木彫作家の生命愛

2019/06/01

essays

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はしもとみおの世界展「星をみつめるどうぶつたち」を見てきた。わりと駆け込みであった。



木彫りどうぶつ美術館以来の展示である。作者の愛犬・月くんが早速お出迎えしてくれる。相変らず懐っこい目鼻立ちが愛嬌そのものだ。




脈々と連なるスケッチの数々は、前回より点数が増えていて趣深いものばかり。作者の生命愛と観察眼が惜しみもなく光っている。作者のみとめた「美しい」と、自然に存在する「美しい」が、隙間なくリンクした感情の伝わる絵が並ぶ。





どの絵も、労わりと優しさで自然に寄り添おうとした足跡が感じられる。









適切な特徴を適切に捉え、当然のようにそこに表現する技巧的な側面はもちろんだが、対象が命を宿していて、ここに存在することに感謝の気持ちを確認するかのようなポージングや表情である。









木彫りの動物たちに、我々がおぼえるファンタジーはない。そこにあるのは全人類の生活に通有される動物たちの平常平素の姿を、木彫を通過してつかまえた普遍である。








「こういう猫、見たことある」と、だれもが思うのではないか。それぞれの記憶のなかにあるあの日あの時の猫と、折々往々リンクするその姿に、愛と友情を重ねずにいられない。









今更だが、まるで生きている。作者の感情が生命として作品に宿る木工芸は文句なしに優れているものだと、学生時代に偉い教授に聞いたことがあるが、その言葉を真芯で捉えて突っ走っている。









動物や生命に限らず、被写体が“生きている”その瞬間を切り取った作品は、やはり美しい。始終隅々と描き切る自然美と生命に、安易に心を動かすなどが、畏れおおくさえある。






ライカ犬“クドリャフカ”は、1957年にソ連のスプートニク2号に乗って宇宙へと打ち上げられた、地球軌道を周回した最初の生命体である。再突入装置のないカプセルに入れられたクドリャフカは、打ち上げから10日後、最後の食事である睡眠薬と毒物入りの餌を食べて安楽死したとされた。酸素がなくなるまえに苦しまぬようにと、人間のせめての配慮であった。

しかし2002年、宇宙船の欠陥による過熱とストレスにより、打ち上げの数時間後に死んでいたと発表された。謎の多いクドリャフカの死だが、我々が着目すべきは死の真相よりも、昨今の宇宙進出の陰にある尊い犠牲だろう。1961年にガガーリンが人類初の宇宙飛行を行なった背景で、ひとつの命が散っているのだ。

はじめから帰り道のない旅へと出かけたクドリャフカ。音のない宇宙に響いた彼女の鳴き声を思うと、胸が締めつけられる。その最期には憶測と波紋を呼んだが、後年発表されたものも、計器観測により知らされた情報である。本当のことは、彼女のみが知る。なんて神秘的で、なんて儚いのだろう。



クドリャフカを乗せたスプートニク2号は、彼女が死んでしまったあとも地球の周りを周回しつづけ、162日後の1958年4月14日に大気圏に再突入し、消滅した。

星になったクドリャフカは、なにを見ていたのだろうか。秒速8メートル。宇宙を飛ぶための、人間にも経験した者のいないスピードのなかで。





世界中にくらす生き物たちは、だれかに自分の美しさを発見してもらおうと、その姿をかくして待っています。本当に美しいものは、さがさないと見つからないところにかくれているのです。自分にしか発見できない美というのも、必ず存在します。 

展覧の先頭にて、はしもとみおはこう語る。

生きものに限った話でもないのだろう。自分にしか探せない美的価値観は、生活の四隅に至るまでにきっと隠れていて、いまかいまかとその瞬間を待っているのだ。

ボヤボヤしてると見落としてしまうような健気な美しさに、心を奪われるような展覧であった。かつて心に留めた憧憬や、たったいまみとめた微かな美の気配に、胸がはずんで今日が楽しくなる。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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