『君と漕ぐ』その意味を確かに見つけた少女に、長大な喝采を送りたい

2019/06/13

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離婚した父について埼玉県大里郡寄居町に越してきた高校一年生の舞奈は、自転車での散策中に川でカヌーに乗っていた恵梨香と偶然出逢う。いままでまったく未知だったカヌーという競技に興味を持った舞奈は、なぜか渋る恵梨香を誘って、ふたりでながとろ高校カヌー部に入部する。二年生で部長の希衣と副部長の千帆は、小学生のころからカヌーの大会で結果を出してきたが、最近は伸び悩んでいる。そこに170㎝オーバーという天賦の体格と才能を持つ恵梨香が入部してきたことによって、安定していた関係に変化が生じ始める。



君と漕ぐ。

この表題の意味を、読み終えたときに考えてしまった。丁寧なことに目を閉じて軽く俯くというわかりやすいオプション付きだ。それくらい、この表題は意味深長である。

長瀞高校カヌー部のたった四人の部員を取り巻く人間関係は色濃い。序章の語り手は舞奈だが、表紙で凛と先を見据えてカヌーを漕ぐのは遅咲きの天才・恵梨香である。その恵梨香とペアを組むのは先輩である希衣であり、物語は希衣の圧巻の涙で締めくくられる。その希衣と一年前までペアを組んでいた千帆にも、希衣に負けず劣らずの魅力があり、彼女の言葉に考えることは多い。

個人的には、いや、個人的な感情移入の結果としてなのだが、この物語の主人公は間違いなく希衣である。ストーリーは希衣の精神的な自立と成長に従ってますますの味わい深さを得ており、なにより「君と漕ぐ」この意味を探求し、挑戦したのは、ほかでもない鶴見希衣だ。

どの競技においても、ペアというものは感情の乖離がつきものである。タッグだろうとダブルスだろうと、パートナーの気持ちばかり尊重していても退っ引きならないし、自らの我を通し切るのも難しい。競技に限った話でもない。ロックバンドでも、漫才コンビでも、恋愛だってそうかもしれない。自分ひとりの問題や、自分だけの闘いではないからこそ、そこには人間関係の微細な感情の駆け引きがあり、シームレスにはいかない道程がある。

周囲からの期待に応えようとする希衣は、勝利への執着が大きい。一方で、自分が楽しめればそれで良いとする千帆のある種の諦観は、希衣の欲求とはまったく別物である。長年連れ寄った二人だからこそ、その渇望にあるレンジは離れている。大人になって、たとえ趣味の範疇だとしても、そういったレンジの幅はトラブルや軋轢の火種となる。いわんや高校生の部活動をやである。どちらが悪いわけでもない。というより、どちらも悪くないからこそ、この関係の継続は精神的にしんどい。

憧れは人間の目を曇らせる。自分が敵わないひとには、強くそのポテンシャルを持っていてほしいと思ってしまう。希衣のその気持ちを飄々と躱しながらも、それでも大事なところはきちんと受けとめていた千帆は、友情を真摯に貫いておりとても芯が太い。記録と記憶の両者に残るプレーヤーだなと思う。

だからこそ、蕎麦屋で二人がカヌーへの思いを吐露し合う場面が、これ以上ない切なさとともに感情を浮き彫りにするのだ。

この場面は、前へと、上へと進むために二人の決意が確認される希望に満ちた舞台である。恵梨香と希衣がペアを組むことは、この場面に至るまでに説明されており非常に合理的である。しかし、二人がここまで向かい合って話をしてもなお、感情の乖離は埋まることなく、小さいころに夢みた希衣と千帆の気持ちも、もう叶うことはないのだ。なんて切なく、なんて悲しいのだろう。それでも、この神様の非情な設計を乗り越えて、希衣は言う、「私が勝つよ」。指の先まで伸ばしたピースサインは、もう迷いがない証拠だろう。一直線に、ゴールテープまで。勝利へのこだわりを口にしながらも、千帆を言いわけに闘うことから背いていた希衣の、アスリートとしての真の成長をここに見る。

希衣は、もう大丈夫だ。

マイナー競技ゆえに、インターハイに向けて勝たなくてはいけないライバルの存在が明確ななか、自分たちの調子がうまく伸びない描写の息苦しさは確実に読者の心を捉えただろう。それを相手のせいにしてしまう若さや焦燥感も痛いほどわかるからこそ、県大会の最後のレースには心が熱くなる。数ページにも満たない描写、それも、時間にしておよそ2分ほどの出来事である。

ライバルとの距離を視界の隅で捉えながらも、ひたすら前へと漕ぎ続ける集中力。レーンの距離が近いゆえ、相手がスパートをかけるタイミングがかけ声で瞬間的にわかる。ライバルの跳ね上げた水滴が自分にかかるのを肌身で感じる。負けたくない。

「二人で行こう、上へ!」

余所見をすれば横転してしまう。駆け引きよりも、自分たちの勝利を信じて力強く漕ぎ続ける希衣と恵梨香が、本当に格好よかった。一瞬々々の眩しすぎる細大の水飛沫の美しさを、迫真の筆致で描写しきっている。激しい息遣いも、喉奥から湧き上がる勝利への渇望の叫びも、希衣のものか恵梨香のものか判然としない。が、きっとどちらも二人とものものだろう。それでこそペアだ。

孤高の女王・利根蘭子との対戦や、プレーヤーとしての舞奈の成長は、本作では描かれていない。続編があるのかどうかわからないが、彼女たちの輝く姿も、期待を込めて待っていたい。

なにしろカヌーは、前へ進むものなんだから。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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