細田守が描く『時をかける少女』、前を向いた真琴に用意された未来

2019/07/20

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代表作がないという観点において、細田守は紛れない一流の作家である。

興行収入という面から考えれば『バケモノの子』だが、快進撃の嚆矢となった『時をかける少女』はやはり捨てがたい。『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』も無論のこと名作であるうえ、日本アカデミー賞を受賞した『未来のミライ』を(賛否はあれど)挙げるひとも多いはずだ。マニアックなファンであれば『デジモン』や『おジャ魔女どれみドッカ〜ン 40話 どれみと魔女をやめた魔女』の名前が出るかもしれない。

宮崎駿の代表作が『カリオストロ』『未来少年コナン』に始まりスタジオジブリ作品にわたるように、一流の作家というものはこれぞという代表作がない。押井守、今敏、富野由悠季もそうだし、ビリー・ワイルダー、チャールズ・チャップリン、黒澤明、リドリー・スコット、スティーヴン・スピルバーグなど、巨匠と呼ばれる者のなかには分有された傑作を持つ人物が多い。クリストファー・ノーランや、ドゥニ・ヴィルヌーヴも、或いはそのカテゴリに配されるだろう。

そんななかにおいて、細田守を一流の作家の一人として、躍進を遂げる記念碑的作品となった『時をかける少女』の話をしたいと思う。


『時かけ』のプロトタイプ!? テレビアニメ演出家としての細田守


いまや映画監督として不動の立場にいる細田守だが、テレビアニメシリーズの演出を手がけていた頃を評価する声はとても多い。

そのなかでも前述した、細田が絵コンテ、演出を手がけた『おジャ魔女どれみドッカ〜ン 40話 どれみと魔女をやめた魔女』は、文句のつけどころのない完璧な作品だと支持する声がたくさんある。

この回だが、実は『時をかける少女』を読み解くにあたって重大なキーがいくつも隠されている。…というより、『時をかける少女』という傑作のプロトタイプなのである。

『おジャ魔女どれみ』のこの回で、魔女をやめたガラス職人の未来を演じる原田知世は、言わずもがな1983年の『時をかける少女』で芳山和子を務めた女優である。今作での演技も、ミステリアスなキャラクター性でドレミを導く重要な役回りをこなしている。

また、細田守版の『時をかける少女』での芳山和子の立居振舞も役割としては同様であり、主人公・真琴を未来へ導く特殊な役である。どれみと真琴の性格も、キャラクターとしては似通っている部分も多い。


Y字分岐路で描いたどれみと真琴の未来とは


もちろんそれだけではない。

細田守の手がけた『おジャ魔女どれみ』『時をかける少女』の両者に登場するものとして、Y字分岐路が挙げられる。細田作品に多用される演出のひとつであり、どちらにおいても非常に効果的に作用している。

『おジャ魔女どれみ』では、原則的に未来とどれみの二人を通して、少女の成長と別れを示唆した。この回で、それぞれの理由で、それぞれの帰り道を行くどれみと仲間たちは、「別れ」の象徴である。どれみと一緒に未来に会ってくれる仲間はおらず、自分を含む仲間それぞれの別れ、そして未来を描いた。どれだけ仲が良くても、どれほど信じあった者同士でも、おなじ道に進むものはいないという切ない現実を分岐路で表している。

当時、この先のキャリアとしてどのように進むのが正解なのかを模索していた細田守の葛藤と重ねても、おそらく大袈裟ではないだろう。

そしてそれは、『時をかける少女』でもおなじである。

Y字にひらける道のなかで、最終的に3人は別々の道で家路につく。真琴も千昭も功介も、決しておなじ未来には向かわないことを分岐路で示すとともに、作品の持つテーマを語りかけている。


与えられた時間をとおして、どれみと真琴は考える


そのテーマとは、与えられた「時間」である。

我々の青春に用意された時間というものは、驚くほど少ない、限りのあるものである。「生涯最後の10年の代わりに、高校時代の3年間がほしい」とはよく言ったもので、刻一刻と過ぎていく時間に対して、若者は将来に立ち向かって進まなければならない。

真琴は私欲のためにタイムリープを無駄使いしてしまい、肝心なときに大事なものを眼前になにもできない。無限にあると思っていたものを後先考えずに浪費するとなにも残らないことは、大人になった現実でも多々ある。

一方で、魔女であるどれみは無限の時間が与えられている。その永遠のなかで、魔女は大切をいくつも手放す。それはきっと無限という枷をはめられて生きたまま閉じ込められるような感覚だろう。

高校生という、未来に溢れながらも進路という決断に迫られ、それでも限りない選択肢の不正解を浪費する真琴と、小学生であり、遠くにあるはずの将来が確実に訪れる不安や周囲との劣等感を抱えるどれみ。

『時をかける少女』で進路希望の話が序盤に出てくるように、これら二つの物語はともに未来へ向かっている。間違いなく未来へと進むことを決めた二人に、我々の心は感動とともに「傑作」の称号を作品に冠するのだ。


これはSFではない、真琴が前を向く成長譚だ


せっかくなので、『時をかける少女』だけの話もしよう。

作品の主題は、「一度しかないいまを、どう生きるか」である。そう考えると、この物語はSFでも恋愛でもなく、永遠に続くと思っていた学校生活が終わりを迎え、将来への決断を迫られるという、誰もがぶつかる思春期を描いた青春映画ではないだろうか。

映画冒頭の自転車事故で、「目がなんで前についてるかわかる? ちゃんと前見て歩くためよ!」とおばさんのお叱りを受けた真琴。実際、真琴はぶつかってばかりである。街を走れば何人もと衝突し、キャッチボールでは(夢のなかとはいえ)前にボールを投げることすらままならない。

そして、後ろ向きに駆けた真琴に功介は言う、「真琴、前見て走れ!」。

そしてその後の真琴は、あまりにも長い距離を走るその間、だれにもぶつからないのだ。タイムリープをするときでさえ、時空間を真っ逆さまに落ちていた真琴だが、最後のタイムリープでは、落下中に振り返り、前を向いて未来(物語上は過去だが)に向かうのだ。

そして最後、千昭との約束を果たすべく真琴が将来を決断したあとのグラウンドで、真琴はまっすぐに前を向いて、大きく振りかぶる。ようやく、真琴は前へとボールを投げられるようになったのだ。

この物語は、主人公・真琴が前を向く成長譚である。



結び・真琴の成長を実感する我々が見るタイトル


時をかける少女。オープニングとエンディングにそれぞれ登場するこの映画の表題は、まったく違った印象である。

オープニングではまさに「タイムリープする少女の物語」だが、エンディングでは「前を向いて未来に進む主人公の成長の物語」と感じさせられる。映画の始まりと終わりで真琴のおなじシーンを描いたのも、真琴の成長を感じ取ってもらうためなのだと思うと改めて名シーンだなと思う。

ジュブナイル映画の傑作『時をかける少女』、僕が個人的に挙げる細田守の代表作である。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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