浅倉南に見る『タッチ』のテーマと、あだち充の描くヒロイン像について

2019/12/01

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何年かまえ、フジテレビのアニメランキング部門において「男性が選ぶ恋人にしたいキャラクター部門」であだち充『タッチ』のヒロイン・浅倉南が1位になり、「世代に偏り」などの指摘がネット上でされていた。

ともあれ、浅倉南はすごい。

なにがすごいって、その名前が出ると、いまだに賛否両論で大盛り上がりになるほどの「吸引力」を持っている。特に、30代~40代女性には、個人的恨みがあるわけでもないのに、いまだに「浅倉南、大っ嫌い!」というひとたちがいる。

浅倉南は容姿端麗で成績優秀、スポーツ万能で、モテる。これじゃあ同性に嫉妬されてもさもありなんだ、と思われがちだが、じつは浅倉南の擁するポイントはそこにとどまらない。言いかたを変えれば、「容姿端麗で成績優秀、スポーツ万能で、モテる」だけで、女は女を嫌わない。

では、なぜ浅倉南を嫌いなひとがいるのか。

それは、一般的に説明される彼女のパブリックイメージからこぼれたところに浮かぶ、浅倉南のパーソナリティの本質にある。端的に表すなら、「自分の魅力をよく知っていて、それを利用している」点である。堂々としたたたずまいで、媚びることも謙ることもせず、ときとして男性を怒鳴りつける。それがとても魅力的で、だれにも嫌われない自信があることを知っているからだ。凡庸な人間にとって、この事実設定は重く来るものがある。

一途で、最初から上杉達也しか見ていない。心が揺れたことはおそらく一度もない。にもかかわらず、自分にたいして正面からアプローチし続ける和也(達也の双子の弟)にはそれを告げない。後ろから抱きしめられても、なにも言わず、拒みもせず、ただうつむくだけ。断らないことは一見優しさに見えるが、「キープ」ととられてしまっても仕方ないだろう。

また、浅倉南は「〜よ」や「〜じゃないわよ」といった<女の子喋り>をベースとしつつ、部分的に「〜だぞ」「お、感心感心」などの<男の子喋り>をよくする。「オレ、〜だぜ」とかいうがさつな男喋りなら幻滅されていただろうが、「男の子っぽい」のは可愛い。というか、自己愛のあらわれにも見え、一種のぶりっ子にも感じられる。「ボクっ娘」のメンタルにも近いかと思う。

それが、見え見えのあざとい「天然」の場合は、むしろ清々しいだろう。しかし浅倉南は計算でやってないから分が悪い。好きな男(達也)がいながらも、別の男(和也)に「自分の夢」として「甲子園に行くこと」を約束させる。それを「小悪魔」と言うひともいるが、計算ではなく、それが彼女のパーソナリティの本質であって、真正の天然だからだということだと思う。

『タッチ』の浅倉南ほどイメージと実際の作品が乖離してるヒロインはいない。あだち充が本当に描いた南はバリバリのキャリア志向の才女で、まったくマネージャー向きではない。それなのになぜマネージャーの代名詞みたいになってるかというと、みんなが学生時代の記憶の女子マネへのステレオタイプを彼女に重ねるからである。

よく引用される「上杉達也は浅倉南を愛しています」ってセリフもあるが、あれは達也が甲子園の開会式をすっぽかして南の体操選手権に駆けつけて愛の告白をするという、和也のトラウマから逃れられない南のために甲子園開会式をサボるというクライマックスである。世のなかで思われている『タッチ』の関係性とまったくの逆であることは不思議だ。

あだち充のヒロインというのはぜんぜん男に都合が良くない、完全に男を振り回す自己中心的な女性像で、あだち充のヒロインが主人公の男の子にたいし、語尾にハートマークをつけて「大好き」と言うようなシーンは見あたらない。「いやーんエッチ」すらほぼない。原則的にそういったルールを守った女性像をあだち充は描き続けている。

だからじつは、『タッチ』って子どもが読んで全部わかるような話では全然ない。「顔がおなじ双子の片方を選び、片方を選ばない理由はなにか」「双子の一人が死んだら残った一人を愛せるのか」という、純文学的にものすごく暗くて不気味な人間のアイデンティティをテーマの主軸に据えて描いている。あの美しい絵と軽やかな物語のなかに、見るも深い、ふれるに恐ろしい主題を隠している。

あだち充はとにかくセリフで説明するという野暮な演出を嫌うため、「甲子園の開会式を捨てて私のために!」みたいな描写がなく、なんとなく読んでると達也がなんで甲子園の日に新体操大会に出る南のまえににいるのかに気がつかないまま読み終わってしまう。この場面を作品のクライマックスに配するところが、作者としてのあだち充なりの、せめての問題提起だったのかもしれない。

大人になって『タッチ』を読むと、そんなことさえ考えるんだ。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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