オルタナティヴ・カントリーの、永い英雄の話

2020/01/28

music

t f B! P L


前回の Johnny Cash の回で、カントリー音楽界からのオルタナ・カントリーへのアプローチについてを話した。それまでのカントリーの枠に収まり切らなくなったサウンドは、まさにオルタナ・カントリーと呼ぶに相応しい音楽スタイルと言える。ただオルタナ・カントリーというジャンルの主流は、あくまでパンクを中心としたロック・アーティストからのアプローチだと個人的には思う。

Son Volt, Wilco, the Jayhawks, Whiskeytown (=Ryan Adams), Blue Mountain, the Bottle Rockets。1990年前後から、たくさんのバンドが同時多発的に登場した。どのバンドも強烈な個性を持ち、またパンクやロックなどをベースにしながらも、強いカントリーへの敬愛が感じられる。表層的なサウンドだけカントリーを真似しているんじゃない、その精神性をも取り込もうとしている。このへんは60年代の後半、Gram Parsons や Michael Nesmith 等がカントリーにアプローチした『カントリー・ロック』に、とてもよく似ている。

同時期に登場したミュージシャンが、お互いに影響を投げかけながら成長していくのだから、どのバンドが正鵠を射て源流であるとは断言しかねる。本来的な意味を辿ればカントリー・ロックにまで遡るだろうし、70~80年代にもその精神を守ってきたバンドはれっきと存在した。しかし、90年代以降のブームと呼べるほどのオルタナ・カントリーの源流は、今回ご紹介する Uncle Tupelo と言っても過言ではあるまい。登場した時代はもちろんだが、その後のシーンをリードする二人のアーティスト、なんと Son Volt を率いる Jay Farrar と Wilco を率いる Jeff Tweedy が組んでいたバンドなのだから。

イリノイ州のベルビルという小さな町で Uncle Tupelo はスタートした。ハイスクールの同級生だった Jay Farrar と Jeff Tweedy、そして Mike Heidom の3人は、Jay の兄のバンドに参加してパンク・ロックをプレイ。そして3人編成になる頃には、カントリーを中心としたルーツ音楽に傾倒。ただし、その頃からパンク・ロックを通した目で見たカントリーというスタイルを持ち、その後の彼等の音楽スタイルを感じさせるものであったようではある。

90年にインディーズから、アルバム "No Depression" でデビュー。これが全ての出発点となる。パンクの衝動とカントリーの伝統という一見相反すると思われるスタイルが、一曲の中に同居している。と言っても、この時期の彼等のサウンドはガレージと呼ぶ割合の方が大きいのは事実ではあるんだが…。そして Jay と Jeff、双頭バンドと呼ばれていても、まだまだ Jeff Tweedy は力不足。Jay Farrar の力が抜きんでていて、彼の頭のなかにあったスタイルが、そのままバンドの音になっているような気がする。

91年には、そのままサウンドを発展させたセカンド・アルバム、"Still Feel Gone" を発表。徐々に Jeff らしさも出始めます。この二人のスタイルの違いが、聴いていて楽しいんだよね。92年、R.E.M. の Peter Buck のプロデュースによるサードは、全編アコースティック・スタイルで演奏。ただし、注釈をつけるならこのアルバムは、彼等の表現方法を整理するためにつくられていると思う。そんな気がする。

そして93年、メジャー移籍第1弾としてこの "Anodyne" が発表されました。ここからドラムスが Ken Coomer に交代、そしてフィドルやスティール・ギターも十分にフィーチャーしながらのサウンドは、これまでのレベルを遥かに超えるアルバムとなった。もちろん楽曲の良さや、二つの個性のぶつかり合いも含めての完成度の高さを感じる。

オープニングの "Slate" だけで、これまでの彼等と違うことがわかる。もちろん『これぞルーツ・シンガー』と呼べる Jay Farrar のヴォーカルの素晴らしさは変わらないものの、ホントにしっかりと曲が纏まっている。曲中を通してヴォーカルに絡む、フィドルの哀愁も申し分ない。意地でパンクに拘るわけでもなく、素直なアメリカン・ルーツ・ロック。それなのに、オルタナ・カントリーとしての完成形を感じさせてくれるこの一曲だけで、どっぷりこのアルバムに浸かってしまうことは受け合いだ。

そして、"Anodyne" のスタイルも合わせて考えると、これが本質的な Jay の個性でしょう。このアルバムのベスト・テイクというだけでなく、バンドの歴史の上でも最良の曲のひとつだと思う。そして…やっぱり Uncle Tupelo って、彼がリードしていたバンドだと思うのだ。声だけではなく、詩やメロディーだけではなく、個性的なギター・プレイだけではなく、パンクを通してカントリーにアプローチして、それが形だけにならなかったのは、彼のハートがホンモノだったからだと、思わずにはいられないのだ。

"New Madrid" は Jeff Tweedy の曲。どちらかといえば『オルタナ寄り』のスタイルを得意とした彼だが、カントリーっぽさを感じさせるこういう曲を聴くと、ソングライターとして含有する人間味が増したことを教えてくれる。ファースト・アルバムのころとは大違い。これくらい力が付いてくると、双頭バンドの面白さが出てくる。軽快なバンジョーの音色も良い。だけど、Jay と比べちゃうからだろうか、ヴォーカルがちょっと弱い。しゃがれた声に味はあるんだけど、このやる気のない歌いかた。これも、彼の味なのだろう。

"We've Been Had" は、もっとも Jeff らしい曲かもしれない。強烈なポップ・ロック。メロディーだけでなくて、曲自体が分かりやすい。その後の彼の活躍を予感させるようだ。パンク・テイストは彼のほうが強いんだけど、根にあるものは相当ポップなんだと思います。だけど、それを表現する時に、暴力的になってくるだけなんじゃないかと、個人的には感じている。

挙げた4曲だけでなく、アルバムを通して完成度の低い曲はない。新しいジャンルに挑戦しながら、デビューから3年でここまで到達したんだ。これって Jay と Jeff の二人にそれぞれ力があったから、そして二人にとって音楽が心臓だったからだろう。オルタナ・カントリー源流のバンドが作りだしたサウンドの完成形を、この "Anodyne" では楽しむことができる。

しかし、このメジャー・デビュー・アルバムが、Uncle Tupelo の最後のアルバムになってしまった。ファンとしては二人の円熟が楽しかったんだが、それがバンドというスタイルのなかでは良くなかったのかもしれない。

翌年のツアー終了後に Jay Farrar が脱退。Uncle Tupelo のカントリー色を更に進めたバンド、Son Volt を結成する。自分がリードしていたバンドなんだから、わざわざ違う形をとることはなかったように思うんだけど、彼の個性がもっと前面に出ている。このルーツ色の強さは、もはや官能的と言えるほどである。

そして Jeff Tweedy は、このアルバムに参加したメンバー等を率いて Wilco を結成。これもわざわざ名前を変える必要はないような気がするが、Jay がリードしていた Uncle Tupelo に対する拘りなのかもしれない。この Wilco はまさに Jeff らしく、オルタナ色を強調したようなサウンドを展開していくことになる。

Son Volt と Wilco…。どちらもその後のシーンの中心となった。いうだけでなく、特に Wilco は一般的なロックでも重要なポジションを示すようになる。






オルタナティヴ・カントリーの源流ともいえる Uncle Tupelo は、双頭バンドと呼ばれながらも実質 Jay Farrar のバンドだった。詩もメロディーも歌もギターも、全てにおいて彼がリードしていて、Jeff Tweedy の個性やポップ感は面白いものの、どれをとっても少しずつ力不足。デビュー後3年間の成長は大きかったものの、二人を比べてしまえば、やっぱり Jeff が見劣りしてしまう。

そして、Jay Farrar は解散後に組んだバンド Son Volt でも、Uncle Tupelo 時代に得意としたルーツ色を押し進め、強烈な煌めきを見せてきた。もう、オルタナ・カントリーの本流にどっしりと構えて、貫録を感じさせるほどのサウンドを聴かせてくれている。それは強いカントリーへの敬愛を感じさせると共に、彼のハートに嘘がなかったことをも証明している。

対する Jeff Tweedy は・・・、やはり彼が得意としてきたポップ感やパンク的な要素を出してきながらも、最初は自分の求めるサウンドが何なのか分かっていなかったんじゃないだろうか。だから、ストレートなオルタナ・カントリー・タッチの曲もありながら、暴力的といえるほどの大音量やノイズで攻めてきたりしたような気がする。だけど、この時の試行錯誤が、そして Jay Farrar がいない事による解放感と焦燥感が、大きく彼を成長させたような気がするんだ。

Uncle Tupelo 解散後に Jeff Tweedy が組んだバンド、それが Wilco だ。







Uncle Tupelo は、そのサウンドを先導してきた Jay Farrar が脱退することにより解散を迎える。そして Jay は Son Volt を結成。Uncle Tupelo のカントリー色を更に押し進めたサウンドは、彼の個性を100%まで生かしたものであるといえる。いままでも自分でバンドを引っ張ってきたわけだから、なにも違うバンドを組まなくてもいい気がするが、彼の不器用さも影響してなのか、100%までの拘りは新しいスタートでなければ切れなかったのかもしれない。

そして、もう一人の Uncle Tupelo である Jeff Tweedy は、ドラムスの Ken Coomer やラスト・アルバム "Anodyne" に参加した John Stirratt, Max Johnston らと共に Wilco を結成する。これも、Jay が抜けた Uncle Tupelo として活動してもよかったとも思う。だけど Jay の陰を振り切るためには、やっぱり違う形をとる必要があったのかもしれない。

この Son Volt と Wilco・・・。同じオルタナ・カントリーに分類され、しかも前作のプロデューサー Brian Paulson をそれぞれ起用していながら、全然違うサウンドになっちゃったのがおもしろい。Son Volt は Jay のルーツ色を、Wilco は Jeff のポップ感やパンク色を前面に出したものになった。

Wilco のファースト・アルバムになる "A.M." (95年) は、彼等のアルバムのなかで最もオルタナ・カントリーらしいサウンドといえる。Uncle Tupelo 時代から彼の個性と言われていたものの、Jeff のメロディーがこれほどポップだったと気が付かなかったひとも多いんじゃないかな。僕は自分のやりたいことを進めていく自由さと、自分がバンドを引っ張っていかなければいけないという責任感が、良い形で表れたアルバムだと思っている。当時にしては斬新なサウンドだったのはもちろんなんだが。

ただ、迷いや焦りがなかったわけじゃないと思う。それまでの彼はずっと二番手だったんだから。翌96年に傑作と呼ばれる事になるセカンド "Being There" を発表するものの、そこにはただ明るい Jeff ではなく、陰りのある彼がいた。いや、ポップではあるんだ。それでも、時に暴力的に思えるほどにノイジーなギターや爆音で攻めてくるようなサウンドは、彼のもう一つの特徴であるパンク色が出てるだけなのかもしれないけれど、僕は迷いもそこに出てしまったんだと思っている。

だけど、そこで全部出したのが良かったのかもしれない。そして、マルチ・プレイヤーの Jay Bennett を得たことも大きかったかもしれない。99年の "Summerteeth" では、一歩突き抜けたサウンドを聴かせてくれた。セカンドよりもファーストに近いポップさを持ちながら、曲の完成度では更に上をいく。いや、それよりもこのサードを聴くと、無理をしてないように思える。だから、自然体で聴ける感じがする。ファンの間で問題作と言われる事があるのは、カントリー色が相当薄まってきたからに過ぎない。僕もオルタナ・カントリーというジャンルには収まらない、良質のロック・アルバムだと思ったくらいだ。

そして、そのスタイルをもう一歩進めたのが、この "Yankee Hotel Foxtrot" (2002年) になるのでしょう。オルタナ・カントリーというよりは、オルタナティヴ・ロック。しかし、発売までの道程は簡単ではなかった。なにしろ、それまで契約していたレコード会社からリリースを拒否されてネット上で配信、そして Nonesuch へ移籍してやっと日の目を見たアルバムなんだから。

その理由を考えれば、ひとつにはレコード会社は前作の安定したサウンドを望んだんじゃないかと思う。セカンドの暴力的とまでではいかないものの、実験的でもあるノイジーなサウンドが復活してきているのは事実。これはもちろんバンドが望んだものであると思うけど、ミキシング・エンジニアの Jim O'Rourke の影響は相当大きかったはずだ。

それはオープニングの "I Am Trying to Break Your Heart" のイントロから、すでに感じることができる。僕は一瞬、戸惑った。ただ、過激なわけじゃない。音には隙間もあるし、ピアノやドラムスがホッとさせてもくれる。Jeff のヴォーカルも、彼らしくある種投げ遣りでもあるけれど、語りかけてくるような穏やかさがある。だけど、静かにノイズが攻めてくる。そして、ノイズの渦中に僕の体が完全に浸透したとき、彼の心の叫びに気が付く。

ただ、Wilco のポップさが失われたわけではありません。例えば、"Kamera"。なんというポップさだろうか。そして "Heavy Metal Drummer"。それまでのアルバムの曲よりも、僕は解り易いと思うのだ。いい曲であるのはもちろんだけど、単純に乗れる部分がある。それは Jeff の成長? うん、それはあるけれど、バンドのメンバーに恵まれたことも大きい。

まずは、この曲を含め殆どの曲で共作している Jay Bennett。曲のつくりかたにしても、馴染んできたんじゃないだろうか。そして、このアルバムから参加した Leroy Bach と Glenn Kotche。この2人は前述の Jim O'Rourke 絡みでの加入だと思うけど、特に Glenn の動きのあるドラムスが彩りを添えたと思う。それまでの Wilco にはなかった色気だ。この軽さってちょっと特殊だと思うくらいだ。

だけど、アルバム中ポイントになる曲といえば、"Poor Places" かなと思う。やっぱり、静かに穏やかに語りかけるように始まる。だけど、だんだん飲み込まれてくる。一瞬明るくなったりもするけれど、それはその先の重さのためにあることが解る。いつものように Jeff のヴォーカルはボソボソって感じなんだけど、実は彼自身トリップしてる部分があるんじゃないか。だから、僕も入っていっちゃうのだろう。そして、アルバム中いちばん激しいノイズに包まれて曲が終わると、突き放されて呆然としている僕がいるんだ。

他にも、"Radio Cure" での緊張感、"Jesus, etc." の哀愁、"Ashes of American Flags" の切なさ…。どの曲も、人間の心に直接訴えてくるものがある。ファースト、セカンド、サードと、時に迷いながらも成長を見せてくれた Jeff Tweedy だけど、失礼ながらここまでの表現ができるようになるとは僕は思っていなかった。ホントに彼の才能に、心から脱帽する。

それともう一つ、ベースにあるポップさとノイジーで実験的なサウンドの裏に、9.11以降のアメリカを見つめ、そしてサウンドに反映した彼の眼も忘れてはいけない。レコード会社との関係から発売が延び延びになりながら、それでも2002年の4月に発売されたアルバムなんだ。まさにその時の空気を詰め込んだことが、一般音楽ファンから受け入れられる要因になったのだろう。

そう、この "Yankee Hotel Foxtrot" は、なんとビルボード初登場13位というほど売れた。前作の "Summerteeth" から、すでにオルタナ・カントリーという枠には収まらなくなっていたけれど、まさに全ロックファンに認められた、新しい時代を切り開くサウンドがここにある。

その後 Wilco は、2004年に "a Ghost Is Born" を発表。このアルバムも Jim O'Rourke が絡んでいることからわかるように、 "Yankee Hotel Foxtrot" の延長にあるといえる。うん、やっぱりおもしろいし、こっちのほうがチョット過激かな。だけど、僕は少し散漫な感じもしてしまう。それでも、翌2005年には2枚組みのライヴ・アルバム "Kicking Television" をリリース。ペースを落とさずに、非常に精力的に活動を続けた。

Wilco の歴史は Jeff Tweedy の歴史。アルバムを順に聴き進めていくと、Uncle Tupelo では二番手だった彼が圧倒的なフロントマンになる様子が、一歩ずつ成長していく様子がよくわかる。その姿こそ、ロックレジェンド達の勇姿だろうと、僕は思うんだ。

このブログを検索

自己紹介

自分の写真
好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

お問い合わせ

名前

メール *

メッセージ *

QooQ