W.A.L.K.延期について

2020/03/02

日記

t f B! P L
3月末に下北沢CLUB Queにて開催予定しておりましたQujira Oneman LiveW.A.L.K.」が723, 24日に延期となりました。新型コロナウイルス国内感染予防の観点からこのような結論に至りました。

ものすごい希望的観測を言えば3月後半に差しかかるころには特効薬が出来ていて、現在感染している方々も回復し、各国の混乱が収まり、普通の何気ない生活に戻ればいいな、と思っております。

今日テレビでなんかしらの専門家のかたが「地球では必ず周期的にウイルス、疫病というものが流行り、その都度人間は科学の力をもってそれを乗り越えてきたが、いまがちょうどまたそのときなんです」と言っていて、本当にそのとおりだなぁ、と思う。

僕にはまったくできないことですが、研究者のかた、お医者さまがきっとウイルスに効く薬を研究し、そしてつくってくれると思うので、大丈夫。もうここは全力の他力本願。

数日後その希望的観測が早く訪れ「なんだー3月末なら開催できたじゃん!!」ってなったとしても早めに結論を出す事が得策かなと感じました。なかには遠くから来てくださるかたもいらっしゃるでしょうし、2日間開催ですのでホテルを予約しているかたもいるでしょうし。

ご自宅でご高齢の方と同居されているかたや、お仕事柄高齢者、感染時死亡リスクが高いとされている疾患をお持ちのかたと接する機会が多いかたなどもいるなかで、手放しに「さぁ楽しんでって!」とは言えないし、心配ごとがあるうえでのライブを僕らはしたくないし見てほしくないな、と思いました。

メンバー、スタッフもこの延期を快諾してくれ、会場も早急にご対応くださり心から感謝しています。恵まれている。

いま僕がほんのすこしできることと言えば責任の所在を放棄しないことだと思います。

だれかが楽しみにしてくれているから開催する、「開催してよいまこそ負けないで」って言われたから開催する、は道理にならない。

本当にW.A.L.K.楽しみにしておりましたし、準備ももりもりしておりました。昨年は最終日にメンバー脱退突然発表。地獄の沙汰で終えるW.A.L.K.だったので今年はとっておきのお知らせを直接お話しする予定でした。なのでより残念。

あ、でも変わらず3/28には素敵なお知らせがございますのでお楽しみに! 引き続きもちろん、音楽もQujiraも変わらず存在致しますのでいまは少し情勢を見守りましょう。

723.24ご来場くださる皆様よろしくお願い致します。チケットはそのままお使いいただけますし、もしご来場できなくなってしまったかたには払い戻し対応をさせていただきます。追ってアナウンス致しますのでしばしお待ちください。

延期したことによりご来場いただけなくなってしまったお客様には心よりお詫び申しあげます。そのぶん夏以降ちゃんと仕掛けていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

あ、ちなみに7/23,24ってオリンピック開会式の日らしいんで、もう本当に、それは本当に、ごめんなさい。下北沢だけ奇跡的にすいてないかな?とか願ってます。カオスな東京。めちゃくちゃ怖いけど、下北沢はすいていると願って。みんなで願おう。願ってくれ。



✳︎



電車のなかで泣いてるひとがなぜ泣いてるのか。隣の家のカップルが玄関で大声で喧嘩しているのはなぜか。インターネットで怒りや悲しみを暴露しているひとの本当の心の不愉快はどんなものか。遠く離れた国の、おなじ空の下の街のひとが悲しむその深さはどれくらいか。

僕にはまったくわかりません。

きっとそれらのすべてを解ることはできないし、おそらく生きてるうちに寄り添って理解することはないでしょう。

だから、せめて体温を揃えていられるひと。

心を違えてしまったけれど今迄を一緒に記憶してくれたひと。

対面して、おなじで在ろうと願う未来の話をともに企むひと。

肩をならべて、歩幅をあわせて、めざす目的地を心に同居させて歩く自分が、どうかこのひとに値する人間で在りたいと願う、いまもとなりに座してくれるひと。

これまでをひとつひとつ一緒に紐解けるひとのことくらいは、手が届く場所にいるひとのことくらいは、なんとかして守ることはできないかなあと思うことが増えました。

昔どこかで聞いた、「遠くの国のだれかよりも、近くにいるひとの幸せを思う」という言葉、その意味、その重み、ようやく解った気がします。祈っているような、願っているような、無いものに縋るような時間を持つことより、考えること、選ぶことを諦めないでいよう。

心からそう思います。

久しぶりのライブが延期になってしまって、とてもとても楽しみにしていたので悲しいし、体がなまるので本当に困っています。
 
悲しいし、困ってはいるけど、でも、べつにどうってことはない。が落ち込んでつらいなんてことは、まるでないです。
 
僕たち、大変な世のなかに生きてしまっています。それは受け入れるべきだと思います。ただ、付け焼き刃の知識なんかで怖がって悲しんで怒って落ち込んでいくのは、実にもったいないとも思います。
怒りの矛先を間違えてしまうとだれも得しないので、やっぱり安易に怒るのは違うんじゃないかな。きちんと調べて、正しく恐れて、あとはなるようにしかならないと思います。

なるようにしかならないのであれば、できるだけ笑っていればいいと思うのです。
 
どんな事態に巻き込まれようが世のなかは必ずおもしろくなります。生きているから。
こう言うと不快に思うひともいると思うけど、このあたりには自信があります。正直僕はかなり能天気に捉えているので反論があるひともいるかもしれないけど、人並みには勉強して情勢は理解したので、だれかに説かれるような筋合いもありません。絶対におもしろくなる。
 
生きているなら、できるだけ楽しまないともったいないじゃないですか。楽しんで生きたほうが絶対人生はおもしろい。

Qujiraは生活の上になりたつとっておきの娯楽でありたいと信じて音楽をやっているので、普通の毎日に普通に来てほしいと思います。

またあいましょう。

とっておきの笑顔で、とびっきりの祝福を、そのときは拳をかわして。

やっときた明日を、朝を春を、満開のときを、祝うそのときにまたあいましょう。

それまでみんな元気を忘れないで、エンターテインメントの可能性を信じましょう。健康で文化的な最低限度の生活のために。

そんじゃ。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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