歯科衛生士さんに子ども扱いされる

2021/01/03

essays

t f B! P L
外出先でマスクが手放せない昨今、街ゆくひとの顔を見るときにいままでとは違う見方をしていることに気づく。目元や目の位置、眉の角度や瞼などからなんとなくの顔を推断するという、ほかにどこに応用したらいいのかわからないスキルを着々と身につけているこのごろである。

醜形恐怖症や不安障害のあるかたのなかには、人前でマスクを外す行為ができなかったり、著しく不安になることもあるらしい。

大変なご時世だが、そう、マスクは顔を隠すのに適したツールである。顔が半分隠れているがために、実際よりも見映えがしたり、よく写るのはむかしからそうである。

なにを隠そう、僕はこの世界は常に一定の数字で「歯科衛生士のお姉さんがマスクを外した瞬間に終わる恋」を排出していると思っている。かわいいと思っていたお姉さんが、マスクを外したら存外好みではなかったということは、よくある話である。

そんな歯科衛生士さんだが、僕は定期検診も兼ねて行きつけになっている歯医者がある。居酒屋のような言いかたをしてみたが、要するに通院である。もともとべつの歯医者に通っていたのだが、その歯医者は待ち時間があまりにも長すぎて、前歯の治療にかかる数カ月のあいだに待合室に置いてあるONE PIECEをすべて読破してしまったため、前歯の治療が終わるとすぐにいまの歯医者に変えた。おかげで、ドレスローザ編のまえに読むのをやめてしまった僕がいまではしっかりドフラミンゴをやっつけている。

そんないきさつで通うことになったいまの歯医者なんだが、悪いところの治療が終わったあとも定期検診だなんだと理由をつけてきちんと通っているのには理由がある。

歯科衛生士のお姉さんが僕を子ども扱いしてくるのだ(!)。

そうはいっても、想像がしづらいだろうからもう少し具体的に書こうと思う。ことの発端は奥歯の治療だった。そのときはまだゆがんだ親知らずを抜くまえで、かなり奥まったところにある届きにくい患部でもあったため、治療は長期戦に及んだ。顎の筋肉がガタガタと痙攣するくらい大きく口をあけ続け、三度にわたる麻酔も効き目がいまひとつで、治療は痛みを伴うものとなった。

その奥歯の治療も無事に終わり、先生が治療後の注意点や簡単な説明を済ませる。患部がもう一箇所あったので、レントゲン写真を見ながら次の治療の段取りを説明する。あとは、衛生士さんによる口内のクリーニングが終われば、一件落着。

……のはずだった。

治療まえに診察に案内してくれたその歯科衛生士さんは若い女のひとで、髪の毛をやや明るく栗色に染めている、パチリとした目が印象的な美人だった。彼女は、治療後に先生が説明を終えて診察室から出ていったその瞬間に、

「痛かったね。時間も長かったし大丈夫だった? よくがんばったねっ」

と、僕にささやいたのである。耳元でだ。タメ口でだ。しかもちょっと先生には言えない内緒話みたいにウィスパーボイス気味にだ。

彼女の顔は見えない。角度的にもあたまのずっと上を見なければいけないし、マスクもしているはずだ。だから、僕は耳がなにか変換を間違えたのではないかと言い聞かせるように、「…ッス」という気のない曖昧な返事をするにとどめたが、彼女はまたも僕の耳元に顔を近づけて、

「次の歯もしんどいかもしれないけど、一緒にがんばろうねっ」

と告げたのである。

僕は当時27歳くらいのいい大人である。しかし、必要以上にそんな優しい言葉をかけられたら、好きになってしまう。「あ、うん。がんばる」と、僕もタメ口で返したものだ。

歯医者を出たあと、いちおう振り返り、そこが歯医者のていをしたガールズバーではないことを確認した(平日の夕方に)。

その歯科衛生士さんのマスクを外したところを、実は一度だけ見たことがある。目元の印象のとおりのかわいらしいご尊顔だった。本当ならここで「実は好みではなかった」というほうが、オチとして綺麗なはずではあるんだが……。

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好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

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