母の愛に敵わなくても、それでもよければ

2022/07/18

essays

t f B! P L
幼少のみぎりより画用紙があればクジラだかパトカーだかユグドラシルだかを描いていて、母親にアンパンマンを描いてくれと要求することもあった。多かれ少なかれ絵は子どもに身近なアートで、一例として僕もむかしから絵を描くのはどちらかといえば好きだ。

それまでは生活のなかで思いついたものや自分の考えた最強のロボットを絵にするだけだったんだけど、僕が主体的にモチーフをもって絵を描き始めたのは小一のときだ。たまたま席が隣だった女の子が自由帳に描いたフシギダネがめちゃめちゃ上手だった。それで迷路よりポケモンのほうが描いていて楽しいと気づいて、自由帳はポケモンで埋まり、休み時間にノートを開きゃあちょっとした人の輪ができるていどには最初から絵心がどうやらあったらしい。

その後、絵心に気づいた母親に油画教室に入れられて一瞬で絵を描くことが嫌いになったり、図工の時間に描いた朝顔が昇降口に展示されて一瞬で機嫌を直したり(油画はすぐやめたけど)、絵を描くことはなんとなく身近な気晴らしでいてくれた。

中学の美術では油性ペン一発描きで描かされたテニスシューズのイラストを先生が県のコンテストに勝手にエントリーしててうっかり優秀賞をもらったり、高校の卒業式の日にダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を模して教室の黒板に友達と二人でチョークで描いた、クラスメイトや恩師たちの似顔絵の一枚絵『最後の爛漫』は新聞の取材に来てもらった。

ポケモンだけでなく、授業というかたちや、人間関係というかたちで僕の周りには十二分、絵にするに値する適材がたくさんあった。その後も、自分は音楽が好きだとかで『出れんの⁉︎サマソニ‼︎』に応募して予選敗退したり、文芸の勉強をしたいとかで京都のおかしな芸大に進学したりしたけど、ライブのフライヤーを手書きしたり、パンキョーの美術系の授業の単位取ったり、必要に迫られて絵を描く機会はちらほらとあった。苦じゃなかったけど、好きというよりは向いてるから描いていただけで、自分には音楽や文芸の水があってるとはいまでも思う。

ところがいま、あれよあれよと僕のインスタグラムはイラストアカウントとなり、12年前から活用していた生活のログとしてのインスタの活用法など影も微塵もない。このあたりの最大のきっかけが、親戚縁者に頼まれた「鬼滅の刃」のぬりえ制作だ。

そりゃ昔も妖怪ウォッチのイラストを即興で描いたりとかはしてたけど、こんなに本気で漫画と向き合った機会はポケモンまで遡ってもおそらくない。僕から数えて何親等にあたるのかもわからない小さな子たちが容赦もなく次々とリクエストしてくる炭治郎、伊之助、煉獄さん。登場人物たちを一線の齟齬なくぬりえとして提供するボランティア精神。おかげさまでインスタでは程々に人様の見目に触れている。

「ネットプリントしました!」とか、「無限城の義勇さん描いてほしいです!」とか、親戚縁者のためのぬりえ制作がなんとなくインターネットに広がっていって、僕の描いた絵を欲しいと思ってくれる物好きなかたにそれっぽく届いている。


ただ、僕は決して絵が巧くはない。


これは本当にそう思う。うっかり模写が得意なだけでここまで来ていて、着彩は下手だし、デッサンも苦手だし、諸々面倒で下書きなしでペン入れする悪行も多々重ねている。

芸大では、バケモノみたいな地力とホンモノの底力を持った「美術のひと」を何十何百と見てきたし、インスタグラムで投稿内容からサジェストされるママさんの鬼滅のイラストなんかが本当にもうプロかよってクオリティで日々参る。僕なんかが「絵師」「絵描き」を自称することは本当におこがましいことだと思うし、インターネットドローイングモンスターくらいのポジションから抜け出す実力もない。

だからね、いまもちょっとした計算違いでリクエストに応えて落書きしまくってるけど、そんな器量じゃあそもそもないのよ。

絵を好きって言ってくれると嬉しいし、漲る意欲活力はそこから湧いている。でもまあ、インターネットで何万人の目に映る神絵師やイラストレーターの向上心なんかは僕にはなくて、身の回りのひとに喜んでもらうささやかな絵を僭越ながら描きつづけることしかできない。それもいつか終わるかもしれない。僕のインスタをイラストアカウントと思ってフォローしてくれたひとは、いまにこいつ絵を描かなくなるぞって覚悟をしといてほしい。

どれだけ持て囃されようと、模写は技術の下書きにすぎない。本物の絵力は、模写から抜け出した努力家に向けて与えられるべきだ。

僕の絵を喜んでくれる親戚縁者、友人たち、フォロワーのみなさまには、いつもあたたかい声をかけていただいて本当に感謝しています。「ファンです」とか言われるたび照れています。

僕は、イラストレーターや絵師を名乗ることはないと思う。それでも、描いたぬりえがたくさんの原作のファンのかたや子どもたちに届いてほしいという一心で、いまも絵を描いている。そんな程度の弱輩者だけど、描いたぬりえやイラストはどんないきさつであれ愛しているし、カードだったりポチ袋だったり葉書や郵便物だったり、様々なかたちでしばらくは、愛されるものなら愛されたい絵を描いていたい。

いつだったか、俳優の杏さんが娘さんたちのために夜な夜な描いたキャラクターカードをSNSで見た。杏さんの絵は巧いんかって言われたら、まあ上手だけど細かなところで詰めが甘いとか色々つつける。でもそんなことは重要じゃない。

母が子のために描く絵に適うイラストレートなんか、この世にありゃあしねぇんだ。

容赦知らずの子どもたちを喜ばせるため、彼らが親戚だろうがよその子だろうが知らんこっちゃ。僕が絵を描くモチベーションの源流なんてそんなもんです。それを気に入ってくれたなら、また絵を受け取ってください。まあ、僕は母親の描いてくれたアンパンマンなんて一切覚えてないんだけどね。


追記
母の実家にデカい庭の絵がある。昔ふらっときたじいさんに「綺麗な庭だから描いてっていいか」と言われて、じいさんは何枚か描いて一枚を置いていったらしい。それが居間に飾ってある。ひとを喜ばせる絵がきちんと描けるようになったら、そういうじいさんになりてぇな。

このブログを検索

自己紹介

自分の写真
好きな言葉は「アイスクリーム4割引」、嫌いな言葉は「ハーゲンダッツは対象外」です。趣味はドラえもん考察。読売ジャイアンツのファン。高2のとき現代文の全国模試で1位に輝くも、数学に関しては7の段があやしいレベル。

お問い合わせ

名前

メール *

メッセージ *

QooQ